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2008年7月

懐かしいスター達

○ モンローもマストロヤンニもみな若し旧き映画の輝ける顔

先日、洋画100選をBSでやっっていたのを途中からみました。今は亡きスター達の輝ける時代を感慨深い想いで見ました。若い頃はおじさんおばさんにしか見えなかった、ハンフリーポガードや、キャサリン・ヘップバーンなど今見ると私よりずーっと若く可愛くさえ感じるから不思議です。次々に写し出される名画の数々を見ていて懐かしく感じたと共に、我ながら呆れるほどによく観ていた事にちょっとびっくり。。。お小遣いが全部映画館に費やされていたんですね。映画は中高生時代から見ていたのですから、学生の乏しいお小遣いで足りるわけなどなく思いついたは、街外れから町の中心部にある学校へ通うのにバス通学だったのですが、バスに乗らずに3キロ?ほどの道を歩いて学校へ行きバス代を浮かしたのです。普段、ぼんやりした性格なのに映画にことかけては悪知恵がはたらきました。^_^;

旧い映画の映像が紹介される合間に、当時のことを回想しながら語る往年のスター達の現在の姿のみられました。 ミッキールーニー、カーク ダグラス 、シドニーポワチェなどの懐かしい姿をみられました。

いやぁ~、映画って本当にいいものですね。。。。。。という方もお亡くなりになりましたね。

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何しにきたの?

30年来の友人から〔今から借りたお金を返しに行く〕との電話がありました。借りたお金といってもデッサン会の費用2千円です。デッサン会で1万円の崩しようがなく、私が変わりに2千円を用立てました。いつでもいいというのに彼女は〔お金を借りていると落ち着かないから、今から返しに行く〕とのことです。

我が家に入ってくるなり、まず私の壁にかかっている小品の絵をを見て忌憚のない意見をいうのが慣わしです。絵の批評は主観が大いにありますので鵜呑みには出来ません。また、友人とはいえ、ずけりといわれてむっとする事がありますが、おおむね後になって認めざるを得ない方が多いのです。絵を無駄に誉めるほど不親切で罪なことはないというのが彼女の持論です。これは当たっていると思うので絵に関しては互いに30年間思ったことを言い合ってきました。

そしてお茶を飲みながら世間話、といっても所属している絵画団体の内情などがおもでで、脚が不自由で会へ出向かない私のために会のことをあれこれ話してくれます。2時間くらい居て互いの夕飯の支度があるので友人は帰りました。あれほど気になっていた2千円を私に返すことをすっかり忘れて。。。happy01

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浅間山 F6号

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読書禁止の芥川賞

昨日の記事で思い出したことを書きます。

私が高校生の頃、石原慎太郎氏〔現東京都知事〕が〔太陽の季節〕という短編を発表し、日本中にセンセーションをまきおこしました。今から50年以上も前のことです。第34回芥川賞受賞作品〔太陽の季節〕は若い作家の、時代が脱皮しようとする〔今〕を書いた鮮烈な作品です。若い者なら誰だって読みたいと思ったものです。それなのにわが校はカトリック系のお堅い学校でしたので、そのようなとんでもない内容の本など読むことはまかりならぬとの読書禁止令が出たのです。禁止されると、どうとんでもない内容なのかますます興味が沸くというのが人の常。さりとて一人で罪人になる勇気もなく、考えた末チョイ悪3人組みが一冊を手に入れまわし読みをしたのであります。今の時代ならさしてどうこういう内容ではないのかも知れませんが、当時はやはりかなりショッキングな都会の若者の生態が、刃物のような鋭い文体で表現されていましたので、田舎モノの高校生にはそれはそれは強烈なものでした。そのうち、禁止の本が生徒達に読まれている事がなんとなく学校側に知られることとなり、若い男性教師などすれ違いざまに〔太陽の季節読んだって?どうだった?〕と聞かれる始末です。職員室でもやはり賛否両論があって、結局読む読まないは生徒の自由ということに落ち着いたようでした。考えたら読書禁止命令は逆効果だったんです。

しかし、今から思うと小説の中の男達は言葉遣いが荒々しく、現代に近いものがありましたが、女性たちの言葉はまだまだおっとりした女らしさがありました。

そういうわけで石原慎太郎のデビュー作〔太陽の季節〕には思い出深いものがあります。

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受賞本を購入

今季芥川賞〔時が滲む朝  楊 逸(ヤン・イー)〕 と直木賞〔切羽へ 井上 荒野〕を町へ出たついでに購入。 今回の芥川賞は中国の作家というので、文壇に新風を巻き起こしているようですが、だからといって物珍しさで読もうというわけではなく、芥川、直木賞は若い頃から必ずといっていいほど読んでいますので惰性で買い続けています。

私は、すべてとはいいませんが賞というものにいささか懐疑的です。そうならざるを得ない状況に居合わせたり、聞いたりしているからです。文壇とて変わりないことをある作家がラジオで声高に話しているのを聞いた事があります。ほとんどが権威のあるものの意見で左右されるとか。。。まぁ読む前にこんなみもふたもないことをいうものではありませんね。

ある時代から、受賞した本と一緒に必ず昔の作家の本も一緒に買います。若い作家の感覚についていけず途中で読むことを断念した本があります、また辟易するほど性描写が生々しい受賞作家もあります。そういうときのため、口直し的に昔の作家の文庫本を買います。今回はまだ読まなかった遠藤周作の〔白い人 ・黄色い人〕と夏目漱石〔硝子戸の中〕を選びました。

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幻のコーヒー

昨日ラジオで幻のコーヒーの話をしていました。今年もまたUCCで販売したとか・・・。

第一回目の幻のコーヒー〔ブルボン・ポワントー〕が販売されるとき、新聞の一面に枠入りで〔ルイ15世、バルザック が愛飲したコーヒー。〕と書いてありましたので、コーヒー好きの私、興味津々で100グラム7350円という超高額をものともせず反射的に注文。ところが新聞を見て間をおかず注文したのですが、すでに2000個限定が売り切れです。私、ネットでは駄目だと思い、直接UCCに電話して次回の販売日を確認しました。そしたら電話では受け付けないとの返事です。私、怒りましたよ。〔ネットでしか注文を受けないのなら新聞になど載せるなさんな!!〕と。〔私は老人ですから電話でしか注文できません〕とごねましたら電話口の女性、〔ちょっとお待ちを・・・〕しばらくして〔では第2弾は2週間後〔去年のことですから正しくは忘れました〕に販売しますのでお客様は最初のご注文ということでいかがでしょう〕ハイ、それでよろしい!

かくして私はこの宝石のような〔ブルボン・ポワントゥ〕を手に入れる事が出来ました。友人4人と100グラムのコーヒーを期待に胸を躍らせて飲みましたが、〔・・・・・・?〕

そういえば、美味しいという字を見なかったような・・・。いいんです、いいんです!ルイ15世が愛飲したコーヒーに偽りがないのなら。今年はもちろん買いませんでした。

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まさかの人の訃報

○ 朗らなる人の不幸を聞き知りて雷雨の道を帰りくるらん 〔拙歌〕

今日の新聞折込に、なじみのインテリアショップが店じまいのため安売りをする広告が入っていました。我が家のブラインドが傷んできたので渡りに船とばかり夫が買いに出かけました。出かける際〔店じまいかぁ!商売が思わしくなかったのかなぁ。。。久しぶりにオヤジの駄法螺でも聞いてくるか〕といいながら出かけたのですが、小一時間ほどして帰ってくるなり〔オイ、オヤジさん 亡くなったって!〕 思わず絶句しました。そういうことから最も縁遠いタイプだったのに・・・。小柄でしたが滅法元気がよく、商売人にしてはいささか口が乱暴でしたが嫌味がなく夫は気に入って家のインテリアはほとんどこの店で調達していました。また、オヤジさんも仕事で近くに来たときなどは、我が家によって夫の好きな〔駄法螺話〕を屈託なくしていく人でした。くるくるした目の、落語家にでもしたら似合いそうな雰囲気をもったオヤジさんの顔を2度と見られないと思うと、客の一人としての付き合いだったとはいえなんともいえない寂しさがこみ上げます。

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地震の話

昨日東北地方に強度の地震があり、私の実家八戸も震度6弱という激震に見舞われました。直ちに実家へ電話したところ棚のものが落ちたり、冷蔵庫のドアが開いたりした以外はたいした被害がないということでまずまず安心。報道では震源地が深かったりゆれ方などの関係で被害が少なかったとか。。。実家の話では〔このへん一体の地盤が岩だから〕というはなしです。

青森南部地方は、壊滅的な地震ではないものの、昔から地震が多かったように思います。私も中学時代、学校で地震に遭い階段の手すりに掴まったまま動けなくなったことがありました。震度がわからなかったのですが、今から思うと昨日の地震と同じくらいの震度ではなかったかと思われます。まだ建って間もない学校の壁が網の目のようにひびが入っていて激しい揺れを物語っていました。また地震による津波が心配な所でもあるのです。家の前は河口なので、小さい津波でも海から逆流した河が浅い岸壁をすぐに乗り越え川べりの家々を水浸しにしたものです。また、私の友人は鎌倉に住んでいましたが、16年前、ご主人の定年と同時に故郷の八戸に帰った翌日激しい地震に見舞われ、ありがたくない歓迎をうけたと嘆いていました。

今回被害が少なかったのは、昔から地震の多い地方なので、対策がしっかりしているせいもあるとの意見もあります。いまひとつは北国の家は頑丈に作られています。いろいろな条件で被害が少なくて済んだのですね。

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実家付近

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やっぱり気になる

最近女性の服装で気になるのは、ノースリーブの腕に肩紐が垂れて見えること。あれは今のおしゃれではOKなんですって!?この前まではは若い女性のジーンズからヒップが半分見えるファッションが気になりましたがそれは慣れました。でも考えてみたら、私も当時のファッションには真っ先に飛びついたくちですから、そうとやかくいえる筋合いではないのです。背が低く丸顔の典型的な大和民族体型の私が、流行とはいえ大きく膨らんだヘアースタイルに落下傘のように拡がったスカートをはいた訳ですから、よく親が文句を言わず我慢したと今になって思います。当時もノースリーブや胸の開いた洋服はありましたが中の肩紐がはみ出すのはあるべからざることでしたので洋服の方に小さな留め金がついていたものです。

昨日BSでダイアナ・ロスがトーク番組に出ていましたがやはりドレスの下の肩紐がのぞいていました。ダイアナ・ロスは昔からの歌手なのでちょっと裏切られたような・・・。日本の若いタレントさんはどんな格好になろうが気になりませんが、落ち着いた年頃の女優さんでもたまに肩紐の垂れているのを見かけます。さすがに気になると見えてさりげなく手がそこへ行きますが、気にするというのも見ているほうは気になります。

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F4号

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嫁と小姑の事

新聞の雑誌広告に〔嫁と小姑は人類が滅亡するまで交わらない 俵萌子〕という字を見つけました。そうかなぁ。。。嫁と小姑長年穏やかに和やかに交わっていますが。

4人の小姑〔私18才 妹15才 9才 6才〕という鬼4千匹と父母その他男3人〔兄2人 弟〕と眩暈のしそうないう大家族のなかに嫂が飛び込んできたのが彼女が23歳のとき。昔は大人数の家はそう珍しいことではなかく、そういう家の長男に嫁が来るというのもごく当たり前でした。嫂の家は近所で、私たちとは小さいときから仲良く遊んだ仲でしたし、私とは高校も先輩後輩でした。感覚としては近所の仲良しがいつの間にやら家族に変わったというかたちでした。不思議なことに私達小姑は、学校から帰ってくるなり〔ねえさんは?〕というようになりました。ふつうは〔母さんは?〕だと思いますが。母もまたてきぱきと立ち働く嫂を頼るということもあり、家の中心は誰の異論もなく嫂中心の状態になって行きました。嫂自身の生い立ちも複雑なものがあり、賑やかな我が家が安住の場所という事情がありました。母はおっとりしたタイプで、物事の相談役は不向きな人でしたが、嫂は私達姉妹の話をよく聞いてくれ、必要に応じてアドバイスもしてくれたのです。なかを省きますが、何事もなく私たち小姑4人はそれぞれ嫁したのちも仲良く、とりわけ実家が近い妹は母親のように嫂に接し今は持ちつ持たれつの関係です。

昨年、私が久しぶりに帰郷した際、〔たまには姉妹で温泉旅行でもしたいわね〕ということを言ったら真っ先に嫂が〔うん!したいしたい!〕と大乗り気。妹がすかさず〔ねえさん、貴女は違うでしょ!!〕と意地の悪いことを。。。もちろん冗談です^^

喧嘩はしましたが、そのときには嫂が圧倒的に強く〔束になってかかってもあんた達には負けないよ〕と。。。私たちは嫂の存在感にとっくに負けていましたのでどうあがいても勝てるはずがありません。喧嘩はけっして険悪になることはありませんでした。

きれいごとを書いたわけではありません。嫂の事情を書けばもっと納得していただけるのだと思いますが長くなるので。。。

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過っての面影は?

○ 若き日の罪深きこと埋め秘してきみは一人の老人となりぬ

狭い町に住んでいると、たまに懐かしい人や、できればお逢いしたくない人にばったり、ということがあります。先日、隣町へ用事で出かける途中車の中から20年数年ぶりの懐かしい、でも言葉を交わしたいと思うほどでもない男性をお見かけしました。一瞬にしてその方を判ったわけではなく、ちょっと間があって、〔あ、〕と思った程度です。過って偉丈夫だった方のお見かけは、痩せておられてかろうじて当時の面影はその長身、それもいまや街中で目立つほどでもなくごくごく普通のご老人といった風情でした。あまり詳しいことは書きませんが、その昔周りの女性の注目をあびた方で、美しい奥様がありながら艶聞も少なからず聴こえた男性でした。

車からお見かけした20数年ぶりのお姿があまりに普通の〔爺さん〕におさまりかえっていましたので、余計な事ながらほっとしたり、がっかりしたり またおもわずにやり^^でした。

あら、自分のことは棚に上げてしまいましたbleah

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自宅でのデッサン会

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無駄な読書?

私が驚きと尊敬を感じる人、それは読んだ本の内容を正確に覚えている人。また詩を暗誦し、誰の作品かを全部おぼえていてスラスラと口にする事が出来る人。

私の学生時代は娯楽というものが少なく、映画と読書が最大の娯楽でした。とりわけ読書は兄や姉の本棚から拝借すればいいだけで、お小遣いが減る心配もなく、手当たりしだい楽しめたものです。おかげで読書癖はいまだに続いていますので、かなりの本を読んでいるはずなのですが・・・これが内容をことごとく忘れてしまうのです。感動を受けた本でさえ聞かれるとあやふやです。そのようですから自分では〔本は読んでいるときが面白ければそれでよい〕とひらきなおっています。根っからインテリジェンスというものをもちあわせていないんですね。ですから多くの本を読んだからといって賢い人間が出来上がる、ということはないということを私が立派に証明できます^_^;

私の友人はほとんど読書の習慣がありませんが、非常に知的な面を持っています。物腰、容貌からしてそんな感じを受けます。これはもう生まれながらに人間に出来が違うと思うより仕方ないですね。。。

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映画〔白痴〕を観る

黒沢明作品〔白痴〕を観ました。ドフトエフスキーの小説を戦後の日本におきかえたもので、実際は4時間以上の超大作らしいのですが、だいぶ短くされ黒沢明が激怒〔これ以上カットするならフィルムを縦に切る〕と言わしめた作品。なにしろ古い映画でセリフが良く聞き取れない箇所もあり、映画は心理描写が多く、難解でした。

ただ配役が懐かしく、ついつい12時過ぎまで観てしまいました。主役森雅之が白痴の青年を好演。原節子の美しさはこれだけでも見ている価値はあるというもの。久我良子の潔癖で勝気な女性もはまり役で名演技でした。思うのはこのずっしりした作品を今作るとしたらだいいち原作ナスターシャにあたる妙子を演ずる女優を探すのが困難でしょう。気品があり美しく、スケールの大きい原節子という女優は2度とあらわれないという気がします。

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別居中

夏になるとわが夫婦は恒例の別居生活に入ります。夫は大変な暑がり、私はクーラー嫌いの寒がりなのでとても同じ部屋に居る事が出来ません。こう、連日朝から暑いと、朝食もそこそこに夫はコーヒーの入ったマグカップをもってそそくさと自分の部屋にこもってしまいます。昼食後夕食後もしかりです。温暖化対策などなんのその、とりあえずは自分の身が大事というわけ。暑いうちは毎日このようですから別居状態と同じです。私のほうは窓から入る微風だけで間に合う身体ですから温暖化対策に大いに協力できているわけです。長年夫婦をやっているのですが、数ある、互いが理解できないことの中にこの暑がり、寒がりも入りますね。

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軽井沢プリンスホテル内 ティールームから

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見事な応酬

以前、森山良子さんのラジオ番組を聴いていて思わず笑ってしまった事がありました。森山さんの母上はかなりお元気な方のようで、かかりつけのお医者さんに(いかがですか。大丈夫ですか?)といわれ(貴方は大丈夫?)と応酬されたとか。。。^^

私もそうですが、お若い方が思っているほど、または外観ほど年配者の当人は年寄りなどと思っていません。大方の年配者はじつは気はじゅうぶんに若いのです^^

私の心の師 画家のS先生は94歳までお元気に現代の画家達の展覧会をお一人で観て歩いていた方です。ある日銀座を歩いていて不覚にも何かに躓いて転んだ際に〔おじいさん大丈夫ですか!?〕といって抱き起こそうしたかたの手を振り払ったという話を聞きました。先生は赤の他人に〔お爺さん〕と呼ばれた事がとてもショックだったということです。画壇ではかなり尊敬されていた方で、何処でも誰にでも〔先生〕と呼ばれていた方ですから、お爺さん呼ばわりは心外だったのでしょう。といったって銀座で転倒したときはすでに90歳だったのです。どこからみたって立派なお爺さん^^まぁ、あっぱれなお爺さんですねhappy01

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足尾銅山

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間接的感涙

今日の読売新聞投稿欄〔気流〕に清清しい記事をみつけました。〔席譲る少女のすてきな言葉〕という題名です。投稿者は私と同年の女性。

〔今日はじめて電車で席をゆずられた。参った、参った。と帰宅した夫が口にしました。(中略)席を譲られてそんなにショックだったのかなと思っていたら、じつは小学校6年生くらいの女の子にかけられた言葉に感動したようです。(お席いかがですか、といわれちゃって)と泣き笑いしています。(中略)きっと家庭でも学校でも良い教育を受けているのだろう。と涙ぐんでいました。

という内容の記事です。(お席、いかがですか。)と小学生が・・・聞いただけで泣けてきます。さらに感動して泣き笑いの、投稿者のご主人の涙にもらい泣き。世の中捨てたものではありません。こういう子供が育つ環境がまだあるということにほっとしますね。私は豊かな人間性生まれるのは教育以外ないと思っています。人は善悪同じ量を持って生まれるということを聞いた事があります。善意の人間が出来るには家庭のしつけ、教育の現場だと言い切ってよいと思っています。(お席いかがですか。)に感動して涙を流すということは、このお子さんの言葉が涙が出るくらい珍しいということにほかなりません。

昨年、青森からの帰り、自宅へ帰るべく高崎線に乗ったのですが、杖を突き、荷物を肩にかけた私もご他聞に漏れず席を譲られるという奇跡にあいませんでした。日本人は高齢者、身障者 妊婦などの弱者に席を譲ることをしない、世界でも珍しい人種だということをかねがね聞き及んでいますからさほど驚きもしませんでしたが、この状況に慣れるべきではないでしょうね。ゆくゆくはこのすてきなお嬢ちゃんのような人間が沢山増えて、弱者をたわるという精神が自然に身につく社会になることを願わずにいられません。ま、私が生きているうちは無理でしょうね^^

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軽井沢 鬼押し出し

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我侭もいいかげんにして!

日曜デッサン会に他県へはるばる出向くときがあります。自分の町でも数人の絵仲間で月一回のデッサン会を持ってはいるのですが、月一ではなんとしても心細く、隣県までお邪魔して描かせてもらっています。隣県K市は絵画人口が多く、このデッサン会も広い公民館が一杯ななるほど描き手が集まります。プロの画家から昨日今日の初心者までいるのでいろいろな事態が起こります。

たとへば、デッサンが始まると普通は休み時間になるまで待つのが常識なのですが、これが意外と守られない。しぃーんと静まり返った部屋にそォーっと入ってくる、そォーっとイーゼルを出して組み立てる。このそォーっとする音がとても邪魔になるのを本人は気がつきません。モデルも集中力を欠いて微妙にポーズが狂うし、第一神経質なモデルはドアの開け閉めを嫌います。主催者が何度か注意したのですが、気にしない人は気にしません。ドアに鍵をかけてしまえばと思うのですが、なぜかそこまではしませんね。

先日のデッサン会ではとんでもないことをいうオバサンが居て。。。この方、いつも積極的にポーズにあれこれいう方なのですが、描く前に決めてくれればそれに対して誰も文句を言いません。ところがたまたまモデルの自由ポーズのときに、皆が描き始めてしばらくしてからポーズを変えてくれと言い出したのです。自分の場所からなんとしても見づらいポーズだったのでしょう。いくらなんでもこれはいけません!私はよそ者ですから発言をなるべく控えてきたのですが、思わず〔駄目です!!〕といってしまいました。〔皆さんが描き始めてだいぶ経ってるんですよ。今動かれたら困りますよ!〕とも。。。わがまま勝手もここまでくると。。。しかし主催者はなぜなにも言わないのか・・・おかげでふだんおとなしい私がbleah憎まれ役をかってしまいました。いつか反撃をくらうのではないかちょっと心配。。。

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映画〔ホテル ルワンダ〕を観る

衛星放送で〔ホテルルワンダ〕を観ました。ルワンダの内戦によってツチ族とフツ族という同じ言葉を話す民族が殺しあうという映画です。実際にホテルを経営していた人物が自伝として書いたものを映画化したもの。

主人公が、ツチ族、フツ族を問わず大勢の人をホテルにかくまって助けるというストーリーは、ドイツ映画〔シンドラーのリスト〕に似かよった所もありましたが、そんな昔の出来事ではなく1994年の出来事ですから、ごく最近起きたことなのです。この内戦でじつに100万人の人が惨殺されたとか・・・。

映画は興行的に採算が合わないという理由で最初日本では上映されなかったそうですが、上映すべきという声が大きくのちに日本でも公開され評判になったということです。

以前ルワンダ内戦のドキュメンタリーをNHKで観た事がありましたが、ルワンダの人々の経験談は凄まじく、映画などよりもっと生々しいものでした。

救いはこれ見よがしな残虐シーンが戦争映画にしては少なかったこと。じゅうぶんに緊迫シーンはありましたが、不必要に血なまぐさいシーンは抑えられていました。いや、2時間という時間内なのでカットされたのかな。。。

私はドキュメンタリーを観るまでは、ルワンダで何が起こっているかなど知る由もなかったのですが、この国に限らず今でも世界のどこかでこのような事態になっているかもしれません。せめて実話に基づいた映画を観て〔ノー!〕という気持を発信したいものです。

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浅間山 サムホール

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幼馴染の死

昨年17年ぶりに帰郷しました。じつは実家近くには画友達と行ってはいたのですが、実家へ寄らずじまいということが何度かあったのです。久しぶりに古い友人や兄妹と話すと辛いことも聞くことになります。私は昭和14年生まれですから、この年になると旧友の不幸を耳にすることが度々あるのは仕方のないことです。なかでも、幼馴染の床屋の育ちゃんが亡くなったと聞いて驚き、寂しい思いをしました。

育ゃんは私の最初の友達であり、小学校へ上がってからはクラスメートでもありました。大変優秀な男の子で学校ではクラス委員、〔昔は級長といいました〕を長年務めるほどでした。家が近所なので私と育ゃんはお互いの家に行き来してよく遊んだものですが、学校では大変しっかりした面を見せている彼が家では末っ子らしくとても甘えん坊で、母親にべったりの子でした。私は彼のこの甘えん坊振りを幼いながら口外してはならないように思え、2人の間の秘密のようにも感じていました。一方では赤ん坊以外はけっしてスキンシップをしない自分の母と、育ちゃんをいつも膝に抱き上げたり、頭をなでたりする彼の母を比較し複雑な気持を抱いたりしたものでした。あれは嫉妬に似た感情だったのかもしれません。

ある日のこと、どういう話の展開からか〔オラが死んだら母ちゃんどうする?〕と育ちゃんが母の膝の上で甘え声で聞いた時、彼の母親は真顔で〔そしたら母ちゃん、生きていられねべ!すぐあとを追って死ぬサ〕と我が子を抱きしめながらいいました。これはまるで男女の睦言のようにも思え、私はこの光景を見ていてはいけないように感じたものです。愛情深い親子でしたら自然のことでしょうが、我が家はそうではなかった。私の母は子供が歩く頃になると、もう手さえ繋ごうとしないひとでした。穏やかな母でしたが、どこか子供に対してよそよそしく、子供の身体に触れることの極端に少ない母でしたので、私はこの両極端な母親達を密かに比較したものでした。この事がきっかけになったか、あるいは高学年になったせいかわかりませんが、私と育ちゃんは少しづつ以前ほど仲良く遊ぶということがなくなりましたが、家が近所だったものですから、その後も成長に見合った友達関係が続きました。しかし私は一度たりとも彼の極端な甘えん坊振りを冷やかすようなことは、親子の神聖な領域を侵すような気がして一切口にしませんでした。

すっかり遠い昔の思い出話になってしまいました。

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拙歌2首

○ せせらぎの音聴こえきし山峡の湯に浸かりたる夏の宵

○ 生きながら身を削がれいし黒鯛の事もなきよな丸き眼〔まろきまなこ〕

短歌は初心者もいいとこ。一年前思いつきではじめたようなものですが、どうにか続いています。

昔、絵を習いたいと思い、絵画教室へ通いましたが2年目あたりから、モノを教わる難しさを痛感、絵を描くという事が少しも楽しくないどころか、苦痛にさえ感じられるようになって絵画教室をやめてしまった事があります。生来我侭な性格ですから、制約を受けるのは苦手なのです。そのことを思い出して短歌教室や サークルに参加すると自由に詠えなくなるように思たのでした。短歌の方もはやり独学で教本はよく読むようにしてはいます。ちなみに絵のほうは後にきわめて自由な絵画研究所に3年かよい美術団体の会員となる事が出来ました。短歌の方もそのうち欲が出て、きちんとした勉強をしたいと思うようになるかもしれません。

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温泉場の庭に猿の群れが出没!

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教えたがりや

町の美術団体が定期的にやっているデッサン会に参加して久しいのですが、いろんな職業、描き手もプロ、アマ織り交ぜての20~30人が集まります。それぞれがただ熱心にモデルを描くだけで特に指導者はいません。が、教えたくて仕方のない人がこういう場所には必ずいるものです。初心者で指導を仰ぎたい人には都合のよい人でしょうが、こういう人は初心者だけにとどまりません。だれかれかまわず指導したくてしょうがないのです。なぜか、美大出身の元教員にこのタイプが多いようです。

絵はデッサンも含めて個性が大事ですが、教えたがりやのせんせい、旧態依然としたデッサン法を、自分よりはるかに力量のある人にまで指導しようとします。紳士的な人ならちょっと困った顔をしながらさりげなく逃げる方法を取るのですが、向こうっ気の強い人だと〔判らないときには呼びますから後ろに立たないでください。気が散りますからpout〕とはっきりいわれてしまいます。  悪い人ではなさそうですが、デッサン会の困ったさん、とでもいいましょうか^^

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不思議な気持

末の妹から電話があり孫が出来たとの連絡がありました。57歳にもなれば孫のひとりや二人当然ですが、なんだか不思議な気分です。

私が故郷を離れたのはこの妹が10歳ぐらいでした。もちろん帰郷するたびに顔を合せてはいたのですが、離れて暮らしているうち一番よかった時代が濃厚に残ります。彼女が結婚、出産して 中年になっても、私の中ではあいかわらず小柄で童顔の妹です。彼女の成人した子供達に逢うときもいまだになんだか不思議な気分です。母親より背が高い妹の娘達に、電話で事あるごとに〔あんた達!私の妹を大事にしないと承知しないよ!Sちゃん〔妹の名〕身体があまり丈夫でないからちゃんとお手伝いよくするのよ!☆彡△□#@*あーだ、こーだ#$!!〕というので娘達は〔変な伯母さん〕と笑っているそうです。

妹に孫が出来たのを聞いて不思議な気持になるのは、たぶん私に子供がないせいでしょう。

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久々のドラマ

〔あの日、僕等の命はトイレットペーパーよりも軽かった〕という戦時中の日本人捕虜の事を描いたドラマを観ました。

上手いとはいえないまでも俳優達の迫真の演技・・・はいいのですが、戦争映画でいつもしらけた気持にさせられるのは役者のヘアースタイル。映画ではさすがに丸刈りにするようですが、テレビではなぜ今の現代のヘヤースタイルなの!?主役の二人はまるきりいつもバライティー番組に出ているヘアースタイルと同じじゃないですか。硬いこといわない、と言われそうですがこちら戦争ドラマは真剣に観るんです。。。

それにしても小泉元首相の息子さん、お声がそっくりですね!

嬉しかったのは淡島千影さんのお元気な姿を観られたこと。山崎勉と淡島千影の出演でぐっとドラマが重厚になりました。

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ムズムズ病

朝、ワイドショーを見ていたらムズムズ病という聞きなれない病気の話をしています。聞いているうちに あ、私思い当たる症状!!

私の右脚が一時なんともいえない不快な感じが起きた時期がありました。日中はなんでもないのですが、夜、布団に入り温まると脚がぴくぴくと痙攣を起こすのです。むず痒い、でもない、痛いでもない、なんと表現していいか判らない不快さが寝付くまで続きます。まさか病気だとは思わなかった!!テレビで医師の話を聞いていると、原因は一つだけに限らないということでした。おもに、鉄分の不足でおこることらしいですが、他に病気の潜伏も考えるということで、ここで納得。

私の場合先天性股関節症がありますので、原因が思い当たりました。でもムズムズ病がさかんに起こっていたのは脚の変形が始まる以前でしたので、この不快な痙攣の意味がわからなかったのです。脚のぴくつきが(病気)という観念がないのでこのことで病院へ行きませんでした。そのうち徐々にムズムズの間隔が長くなり、気がついたらもう10年以上ムズムズ感がありません。脚の変形が始まると同時にムズムズ病の方は治ってしまったということですね。^^

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わたらせ上流

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お嫁入り

望まれる方がいらっしゃいますのでお嫁に参ります^^

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   合う額に変えること。家の屋根の色

を入れる。でいいかなと思います。頼まれた絵はどうしても依頼主におもねる気持がわきます。自分の絵に自信がない証拠です。

山湖 F3号

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いまどきの母

昨年の事を今記事にするのもどうかと思いましたが、今風母親を象徴するような出来事に遭遇しました。あるいは若い方には見慣れた光景でつまらない話題かもしれません。

昨年青森に出かけた際、ローカル線の八戸~久慈の電車に乗りました。風光明媚な種差海岸で途中下車し、海岸の美しい風景を堪能して再び電車に乗るべく駅へ戻りました。電車が来るまでは20分ほど間があり、私は退屈なので駅前をスケッチ。私の他に30代前半と見られる母親と4,5歳の女の子が居ました。母親の方は携帯でお話中。女の子はスケッチしている私を見ていて目が合うと笑いかけます。そのうち女の子は電話をしている母になにやら話しかけました。母親は相変わらず携帯で話をしながら2人連れ立ってトイレに向かいました。少しして2人は戻りましたが母親はまだ話中です。

そのうち電車が来ました。私は窓辺に座り、海岸線の美しさに目を奪われ、母子のことは忘れていましたが、40分位で終着駅久慈駅に到着、電車を降りました。と、種差海岸から一緒に乗った母子の姿が目に入りました。なんと母親はまだ携帯を耳に当てています。女の子はこともなげに先にたって歩いています。どうやらいつものことのようなんですね。どう考えても途中で電話を切って子供の相手をしたとは思えません。

若い人にお聞きしたいのですが、この母親の行為は現在は驚くに当たらないのでしょうか。。。

最近毎日お訪ねしている、大場様のブログを拝見したら、優しい母子の記事があり、反射的に私はこの異様な母子(異様は母だけ)のことを思い出してしまいました。

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ごみの話

先日五年使っていたゴミ箱が壊れてしまいました。システムキッチンに組み込まれたゴミ箱なので同じタイプのものを探さなければなりません。メーカーに頼めば同じものを買えますがこれがバカ高いのです。探したらぴったりキッチンに納まるものが見つかりました。しかも比較にならないほどの安い値段で♪

かねがね思っている事なのですが、老夫婦2人家族なのにキッチンのごみの多いこと!生ごみは、食の細くなった2人の食事なのでたかが知れていますが、食品の包装がやたらと多いのです。これには腹が立ちますね。夕食の支度の後は包装のパックや袋などでゴミ箱がいっぱいになり2日と持ちません。

新聞の投稿欄などで似かよった記事を何度となく読んでいるのですが、一向に改良されないようです。昔はたしか新聞紙などで間に合っていました。すべて昔に戻る事は出来なくてももう少し食品の過度な包装を抑える必要があるのではないでしょうか。毎日出る家庭のごみ、馬鹿にならないと思いますよ。

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もっと厳しい目が必要

日本の若者が世界遺産に落書きをしたという事が報道されていますが、落書きされたイタリア、フィレンツェ側の寛大なこと。さらに日本の報道機関も、殺傷事件やその他の事件よりは厳しさに欠けているような気がしてなりません。世界的な重要文化遺産に落書きの罪は、罰のしてどのあたりに位置づけられるのでしょう。

落書きは、本人が(つい出来心・・・)という安易で幼稚な気持でやるということに問題があると思います。最低、どうしてこの行為はいけないのかという理屈は判らないまでも 、(こういう場所に落書きはイケない)という感覚を持てないということが問題です。理屈はわからないけどそのものに対する畏敬の念。この感性が育たないということに疑問を感じさせられます。落書きをしたのはは大学生ということです。当人の罰はもちろん、大学側、当人の家族がはっきりした形の罰を負うという事にしないとこの手の事件は止むことはないと思います。

お仕置きとか 困った人たち、という表現はなにかピリッとしませんね。これでは落書きした罪人も苦笑し頭を掻く程度で終わるのではないでしょうか。。。

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この建物も個人的には文化遺産に残したい気持ですがただ朽ち果てる一方のようです。

足尾町にて。。。

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