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嫁と小姑の事

新聞の雑誌広告に〔嫁と小姑は人類が滅亡するまで交わらない 俵萌子〕という字を見つけました。そうかなぁ。。。嫁と小姑長年穏やかに和やかに交わっていますが。

4人の小姑〔私18才 妹15才 9才 6才〕という鬼4千匹と父母その他男3人〔兄2人 弟〕と眩暈のしそうないう大家族のなかに嫂が飛び込んできたのが彼女が23歳のとき。昔は大人数の家はそう珍しいことではなかく、そういう家の長男に嫁が来るというのもごく当たり前でした。嫂の家は近所で、私たちとは小さいときから仲良く遊んだ仲でしたし、私とは高校も先輩後輩でした。感覚としては近所の仲良しがいつの間にやら家族に変わったというかたちでした。不思議なことに私達小姑は、学校から帰ってくるなり〔ねえさんは?〕というようになりました。ふつうは〔母さんは?〕だと思いますが。母もまたてきぱきと立ち働く嫂を頼るということもあり、家の中心は誰の異論もなく嫂中心の状態になって行きました。嫂自身の生い立ちも複雑なものがあり、賑やかな我が家が安住の場所という事情がありました。母はおっとりしたタイプで、物事の相談役は不向きな人でしたが、嫂は私達姉妹の話をよく聞いてくれ、必要に応じてアドバイスもしてくれたのです。なかを省きますが、何事もなく私たち小姑4人はそれぞれ嫁したのちも仲良く、とりわけ実家が近い妹は母親のように嫂に接し今は持ちつ持たれつの関係です。

昨年、私が久しぶりに帰郷した際、〔たまには姉妹で温泉旅行でもしたいわね〕ということを言ったら真っ先に嫂が〔うん!したいしたい!〕と大乗り気。妹がすかさず〔ねえさん、貴女は違うでしょ!!〕と意地の悪いことを。。。もちろん冗談です^^

喧嘩はしましたが、そのときには嫂が圧倒的に強く〔束になってかかってもあんた達には負けないよ〕と。。。私たちは嫂の存在感にとっくに負けていましたのでどうあがいても勝てるはずがありません。喧嘩はけっして険悪になることはありませんでした。

きれいごとを書いたわけではありません。嫂の事情を書けばもっと納得していただけるのだと思いますが長くなるので。。。

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雑記」カテゴリの記事

コメント

はじめまして
嫁と小姑を読ませて頂きました、仰る通りで、この様な家庭は沢山あります。但し、この場合嫁・姑・小姑の人間性の質とそのバランスが良いのだと思います。
仮に、嫁だけが優れた適正を持っていても、姑がその適正に欠ける部分を旨くカバーしている場合はそれでバランスが執れているのです、その逆もまた成立します。全体のバランスの良い事にこした事はありませんが、どちらかが欠けている部分をカバーできないケースが一番多く見受けられます。
俵萌子さんの場合、どちらかに、或いはどちらにも相手を許せないものがあるのでしょう。そのどちらかが自分である場合、あの様な表現になるものと思います。
そして、旨くいっている家庭の人は、この問題を取り上げる事があまりありません、貴方のように、前出の表現に不思議・・・・? を感じて表現する事はあっても・・・・。
何故なら円満が普通に感じているからです。私にはこの問題で蟠りは、拭い切れずに終りました、その要因が何所にあったかが分かっていただけに、残念でした。今後も何も言わずに自分の胸に深く埋めてしまいました。
貴方の自然形の姿を読み、ついキーを叩いてしまいました。
この、自然形を自分のものであったかの様に錯覚でも良い・・との積りで大事に思いながら・・・・。

投稿: 仙人 | 2008年7月23日 (水) 11時10分

仙人様 はじめまして。
コメント有難うございます。この記事をきれいごとと思われるのを覚悟で書きました。新聞広告の断定的な見出しにふと昔の我が家を思い浮かべたのです。

深刻なトラブルを起こすと大変なことになるという自覚が心底にあったのでしょうか?第一、嫁、小姑は人類が滅亡するまで云々という考えにいたるほど私達姉妹の頭がよくなかったのですよ。争いごとは苦手だし、女が争う見苦しさは厳しい父が許す筈はなかったですからね。家族は小さな社会でした。すぐれたリーダーに従ったというのがもっとも近い表現だと思います^^
もちろん小競り合いはなかったとは申しませんが、なに、嫂にしたら私たちなど赤子の手をねじるようなもの。人間の出来があきらかでした。

投稿: おキヨ | 2008年7月23日 (水) 13時18分

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