« ごみの話 | トップページ | お嫁入り »

いまどきの母

昨年の事を今記事にするのもどうかと思いましたが、今風母親を象徴するような出来事に遭遇しました。あるいは若い方には見慣れた光景でつまらない話題かもしれません。

昨年青森に出かけた際、ローカル線の八戸~久慈の電車に乗りました。風光明媚な種差海岸で途中下車し、海岸の美しい風景を堪能して再び電車に乗るべく駅へ戻りました。電車が来るまでは20分ほど間があり、私は退屈なので駅前をスケッチ。私の他に30代前半と見られる母親と4,5歳の女の子が居ました。母親の方は携帯でお話中。女の子はスケッチしている私を見ていて目が合うと笑いかけます。そのうち女の子は電話をしている母になにやら話しかけました。母親は相変わらず携帯で話をしながら2人連れ立ってトイレに向かいました。少しして2人は戻りましたが母親はまだ話中です。

そのうち電車が来ました。私は窓辺に座り、海岸線の美しさに目を奪われ、母子のことは忘れていましたが、40分位で終着駅久慈駅に到着、電車を降りました。と、種差海岸から一緒に乗った母子の姿が目に入りました。なんと母親はまだ携帯を耳に当てています。女の子はこともなげに先にたって歩いています。どうやらいつものことのようなんですね。どう考えても途中で電話を切って子供の相手をしたとは思えません。

若い人にお聞きしたいのですが、この母親の行為は現在は驚くに当たらないのでしょうか。。。

最近毎日お訪ねしている、大場様のブログを拝見したら、優しい母子の記事があり、反射的に私はこの異様な母子(異様は母だけ)のことを思い出してしまいました。

116_1668

|

« ごみの話 | トップページ | お嫁入り »

雑記」カテゴリの記事

コメント

おキヨ様。こんにちは。
 「いまどきの母」の記事、大変興味深く読ませていただきました。私は決して若くはありませんので、申し訳ございませんが、若干私見を述べさせていただきます。
 「携帯」は、今や私たちの生活には無くてはならない、必需品となりました。その依存度は私らの世代よりは、若い世代の方がより切実なものであるようです。電車でも、バスの中でも、夢中で携帯をいじくっている若者を必ず何人か目撃します。「バーチャル世代」である彼らにとっては、目先に見えている人たちよりは、携帯で話したりメールしたりしている遠くの者の方が、より近くて親しみやすい存在なのでしょう。
 しかし私は本来の人間同士のコミュニケーションのあり方からして、これは非常に憂慮すべき事態だと思います。その母親はどこか遠くの友だちにそうして携帯しながら、大切な我が娘をなおざりにしている…。
 異常なコミュニケーションは、異常な人間関係を増殖するだけ。私はそう思います。
 末尾ながら、海辺のお写真、とても素敵です! 

投稿: 大場光太郎 | 2008年7月 5日 (土) 18時23分

大場様
コメント有難うございます。
そうですね。たしかに外出すると携帯を耳に当てている若い人の姿が目に付きます。私自身も早い段階で携帯電話を所有し、大変重宝した時代がありましたが、外部との接触がなくなり家に居るようになってからは携帯を持つ意味がなくなり解約してしまいました。
若い人たちの携帯は身体の一部といっても過言ではない時代とは思いますが、私が目撃した母親の姿はなんだかうそ寒くなるような気がしました。
この母親はたまたま大事な用件で我が子をないがしろにして電話をしていたと思いたいですね。
また多くの同年代の母親達がこの記事に憤慨してほしいものとも思います。

投稿: おキヨ | 2008年7月 5日 (土) 23時03分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ごみの話 | トップページ | お嫁入り »