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63年前

私がまだ幼くて、戦争の恐ろしさを知らないまま東北の片田舎で過ごしていたころ、私の夫は63年前の3月10日、東京深川でB29の襲撃による猛火によって生死の中にいました。B29は東京の民間人を火の壁を作って逃げられないように閉じ込めておいて、逃げ惑う人々を低空飛行で機銃掃射をあびせたのです。私の夫は13歳でしたが猛火の中わずかな溝に身を伏せてなんとか命拾いをしました。かなり長いこと身を伏せていて、やっと回りが静まったように思えたので身を起こして周りを見渡すとそこは地獄の只中だったということです。みんな死に絶え、黒焦げの死体が累々と横たわっていて、はじめこそ恐怖に震えましたが、すぐにその状態に慣れたそうです。死人の山が少しも怖くなく、それより生きなければという思いでいっぱいだったそうです。身内とも離れ離れになり、食べるものもありません。ふらふらしているうちお腹はすきます。食べ物が欲しい!どうしたかというと、亡くなった方のポケットなどを探し、少しでも食べられそうなものを探しては食べたということでした。そのうち千葉に親戚があるのを思い出し、命からがら親戚の家にたどり着いたのです。のち、幸運にも母親と二人の姉も無事にたどりつき再会できました。しかし、ほんとうの辛さ、大変さはこれからだったんですね。その話は後ほど。。。

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齋藤博之ペン画集 〔死の影の兵士たち〕から。。。

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雑記」カテゴリの記事

コメント

winkおキヨ様。。。
戦争の話は父などからは一切
聞かず終いでした。
どういう気持ちで居たのでしょうねぇ?
おキヨさんとだんな様は仲良しで
そんな話も日常にされてるんですねぇ。。cake

投稿: sunday | 2008年8月16日 (土) 07時15分

 当時4歳位でしたが、福岡の住んでいました。
 ここでも激しい空襲があり、防空頭巾をかぶせられ、防空壕に逃げ込んだのを、かすかに覚えています。今でも時折、空に異様な飛行物体が飛んでいる夢を見ることが有ります。小さな脳に爆撃の恐怖はインプットされ、未だに消えることはない様です。

投稿: Hikoさん | 2008年8月16日 (土) 09時11分

いくら戦争とはいえ、火の壁をつくって民間人が逃げられないようにし、機銃掃射をして殺すというのは許せないですね。人間の「屠殺」行為です。ご主人は無事で良かったですが、米軍の残虐行為は許せません。日本軍も中国などで残虐行為をしましたが、これも許せません。ただし、こちらは戦犯裁判で裁かれましたが。
小生は名古屋と岡崎で二度、空襲を受けましたがなんとか無事でした。ただし、3歳だったので不幸中の幸いと言うか、爆撃の状況は一切覚えていません。

投稿: 矢嶋武弘 | 2008年8月16日 (土) 09時49分

つい4,5日前だったでしょうか、NHKBSに於いて、昭和20年3月10日の東京大空襲の悲惨な有り様を、体験者の証言やら、その時の絵などをまじえて放送していました・・

大火災が起きると必ず発生するのが、風速40mにも及ぶ「火災旋風」、如何に水の中で首から頭だけを出して避難していようとも、炎や熱風は容赦なく水面を
横殴りに襲ったようであります・・

近頃、「東京大空襲訴訟」なんてことも耳にしますけど、その原告に言わせれば、戦場で戦った兵士には軍人恩給、遺族年金などの
補償はあるのだけれども、空襲によって被害を被った
我々には、なんの補償もないのだ・・

まぁ、叶わぬ訴訟だと思うけれども、原告団の言い分も解からぬではない・・


投稿: 伊藤 | 2008年8月16日 (土) 09時51分

sunday様

戦争体験者にも語り残そうと思う方と、黙して語らずの方がおられるようです。sunnday様のお父上は子供達に凄惨な話をお聞かせしたくなかったのかもしれません。
私の拙い文章ではその場に置かれた人間の想いなどとうてい書ききれません。

日常は・・・まるで陽気なお爺なのですよ。
そんな経験した人とはおもえません^_^

投稿: おキヨ | 2008年8月16日 (土) 11時15分

Hikoさん様
ではHikoさんは私の妹と同い年です。
私の田舎も戦争が激しくなるにつれ空襲がありました。家の庭に掘った防空壕では危険ということで岩に掘った洞窟のような防空壕に町の人たちと大勢ではいりました。逃げる途中空を見上げると夜空の飛行機がきれいなんです。状況を把握できない私、立ち止まって母にはげしくしかられたのを覚えています。

投稿: おキヨ | 2008年8月16日 (土) 12時06分

矢嶋様

人間に潜む〔残虐性〕を最大限に引き出すのが戦争だと思います。このおぞましい行為を人間は繰り返しおこなっています。平和を唱えながらいっこうに止む気配がありません。世界のどこかでたえず争いごとが起きています。なぜでしょう。私は人というのは戦争をしたいという本能があるのではないかとさえ思ってしまいます。それによっての利を聞きたいものです。

投稿: おキヨ | 2008年8月16日 (土) 12時21分

伊藤様

終戦記念日が近づくと当時の映像がテレビや新聞でみかけますが。夫はあまり観ようとはしません。映像と体験は大きく違うのでしょう。語りこともあまりしません。当時の思いをどのくらい語れるのかと思ってしまうらしいのです。

その後も生活のうえで困難を極めるのですから戦争というものの罪深さは言い知れぬものがあります。

世界では一触即発の国々があって危うさをましていますね。

投稿: おキヨ | 2008年8月16日 (土) 12時32分

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