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足尾散策続き

昨日、足尾散策という記事を書きましたが、もう少し詳しく書いてみようと思います。どうも物事をいいかげんに済ます癖がブログにも出るようです。昨日の記事では足尾といっても遠方の方や、お若い方には何処にある町なのかわかりませんね。

栃木県にある足尾町は江戸時代から鉱山の町として栄えた処です。その最盛期は江戸時代前期といわれています。明治維新後政府から民間の手に渡り古河市兵衛が経営に当たって東アジア最大の鉱山となりました。1885年頃 鉱毒ガスや酸性雨で 山は禿山となり付近の農民の土地にもいろいろな弊害をもたらすようになります。農民代表として鉱毒問題を政治の場まで押し上げて戦った田中正造は有名です。足尾鉱毒事件といえば異例の長期にわたる事件なので学校で勉強された方も多いと思います。私が7月はじめ足尾町を訪れ見聞きしたことと一部を調べまして書きましたが、足尾についてもっとお詳しい方補足をお願いします。

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足尾精錬所

20年ほど前来た時には精錬所は細々ながら稼動していましたが今回はひっそりしていました。                                  

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禿山はだいぶ緑化されましたがまだまだですね。P1050337     

町からかなり離れた山奥です。村があったのでしょう。

まだまだ興味深い写真がありますが、残りはまたの機会にします。

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雑記」カテゴリの記事

コメント

朽ちかけた古い構造物が印象的です。
 Hikoさんが住む、北九州、そして近隣の筑豊地区には、曾て炭鉱が多く存在しましたが、これに似た構造物があちこちで見られました。
 懐かしく感じる風景です。
 勿論、現在は跡形も無くなっております。
 江戸時代からとのことですが・・・・
 その中には、いろんなドラマがあり、また過酷な労働が有ったと想像されます・・・・

投稿: Hikoさん | 2008年8月 3日 (日) 05時41分

Hikoさん様 コメント有難うございます。
足尾は年々住民が少なくなると聞きました。じっさい町を歩いていてもたまに車通るだけで人影をみません。過っての重厚な建物が保存されるふうもなく朽ち果てています。惜しいなと強く思いました。予備知識を持っていきましたのでその侘しい実態を見ますと
とても感慨深いものがありました。でもこれも時代の流れ、いたしかたないですね。
20数年前の(あるいはもっと前?)最初にこの地の禿山を見たときは愕然としましたが、町民の努力で
だいぶ緑が戻りほっとしました。
山河の美しい所です。

投稿: おキヨ | 2008年8月 3日 (日) 11時20分

おキヨ様、こんばんわ。
記事は最初さっと書いて、段々仕上げていく、私もよくそうします。完璧を目指すといつまでもアップ出来ませんものね。
ところで私には栃木県も足尾も未踏の地ですが、一つ、吉屋信子の父、雄一が、
鉱毒事件のころ都賀郡の郡長をしていて、田中正造等の反対派と強制執行命令の間に立って苦悩していたと「女人 吉屋信子」で読んだことがありますよ。

投稿: Bianca | 2008年8月 3日 (日) 19時49分

Bianca様
コメント有難うございます。
ウィキペディアで調べましたところ、吉屋雄一探せました。そうだったんですね。足尾鉱毒事件の最も大変な時期に下都賀郡長だったんですね。古河派と農民の間で突き上げられさぞ大変だったでしょう。吉屋信子は栃木生まれではなかったんですね。また、彼女は同性愛者ということも知りました。おかげさまでいろいろ判りました。

投稿: おキヨ | 2008年8月 3日 (日) 22時51分

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