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2008年9月

プロ意識がない!

日曜日デッサン会がありました。デッサン会にはモデル紹介所に依頼してプロのモデルさんに来てもらうのですが、どうも最近指定の時間までに到着しないモデルさんが多くなったような気がします。ですから以前はしなかった確認の電話を当日の朝わざわざモデルさん当人に〔今日は宜しくお願いしますよ。時間まで必ず入ってくださいね〕とお願いするわけです。だがこの日も30分遅れ。。。理由はうっかり電車を間違えてしまったとのこと。間違いは誰にでもあること。そこを攻めるつもりは毛頭在りませんがプロならなぜ30分の余裕をもって電車に乗らないかといいたいのです。大事な約束のとき時間を守りたいと思ったら余裕を持って出かけるのが普通だと思ったのですが今は違う?アクシデントがあったときは謝れば済むでいいのでしょうか。。。時間に余裕を持って出かければなんでもないことですがわずかの時間が惜しく多くの人を待たせることに慣れっこになっているようです。若い人に寛大になろうと努めるのですが、この時間にルーズなのは我慢なりません。過っては当然だった時間厳守が最近守られなくなったのでついつい厳しいことを書いてしまいました。厳しいかなぁ?P1060274

所要時間 15分

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作法の行き過ぎ

私の昨日の記事〔日本人でよかった〕に矢嶋様〔矢嶋武弘のページ Yajimatakehiro2007〕よりコメントをいただきましたが、拝見しているうちふと小学校時代からの友人のことを思い出してしまいました。

友人Hちゃんは近所の江戸時代から続いた酒屋の一族で、彼女のお祖母様は武家の出身ということでした。彼女の母は姑のあまりの厳しさに耐え切れず家を出た後Hちゃんはこの厳しい祖母に育てられたわけですが、学校でも場違いの礼儀、言葉を使うので子供達はHちゃんを特殊な眼で見るようになり疎外された感じになりました。成人になって偶然街で出会うことなどあってもHちゃんのご挨拶に閉口するので誰もが気がつかないふりをして過ぎようとするのです。きわめつけは銭湯でした。当時は自宅に風呂があるうちなどなかったものですからみな銭湯へ行ったのですが、ここでHちゃんに遭うことをみな嫌がったのです。銭湯ですから当然みな裸ですがHちゃんは状況などおかまいなしに知った顔に出会うとその場にぺたりと両手をつき〔お晩でござりゃんす。今日は一日よいお天気でござりゃんしてなによりでした。。。〕と始まるものですから挨拶をされた方は裸でその場に立ち竦むという状態なのです。彼女はとうとう〔ござりゃんす〕というあだ名がついてしまいました。お祖母様が礼儀正しく武家言葉を使うよう躾けたものですからHちゃんはそうするより他なかったのです。やがて結婚するのですが家風に合わず3年で離縁。中年過ぎてうつ病になり自殺されたと昨年帰郷した際に聞きました。

時代にそぐわない行過ぎた礼儀作法が彼女の人生を狂わせて仕舞ったとしか言いようのないことです。少々お粗末な育ち方でも時代に沿っっていたほうが無難ということのようです。

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日本人でよかった

日本人でよかったと思います。なぜかというとアメリカ ヨーロッパ諸国では挨拶時にハグとか頬をにキスという習慣がありますが、あれって触るのも嫌なタイプでも断るわけにはいかないでしょうね。私はなるべく他人の身体、手に触れたくはありません。そういう習慣がなく過ごしてきたからです。テレビなどで外国人が頬にキスしあうのを見るにつけ自分はそういう習慣のない国に生まれたことにほっとしています。

今の方は久しく逢わなかった人と再会したときには抱き合うまではいかないまでも手を握り合って喜ぶということは普通になっているようです。私達姉妹の話ですが、何年ぶりにあったとしてもおおよそ手を取り合って喜ぶということはありません。元気そうじゃない、とか痩せたとか太ったとかが挨拶代わりで、なんともだらしのない話です。私の母の姉妹はまた極端で伯母が我が家へ来たときなど母と伯母は他人のように畳に手をついて丁寧に挨拶を交わしました。言葉も敬語なので私は母に 姉妹なのに変じゃないかと云った事がありましたが、明治時代の慣わしだったようです。そのうち日本人も握手、ハグ キスという挨拶が普通になる時代が来るでしょうがもうどうでもいいことです。私がこの世に居ないのですから。

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F3号

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懐かしのポール・アンカ

食後のコーヒーを飲みながら朝のワイドシューを観るのが慣わしになっています。なんと今日はあのなつかしいポール・アンカが生出演、と司会者が最初のうちに言いましたので計略にはまりいつ顔をみせるかと片付けもせずにテレビの前でがんばりました。結局最後の数分の出演で当時日本で最も流行った歌〔Diana〕と〔You Are My Destiny〕と私の知らない歌の3曲を披露。

〔Diana〕がヒットしたのは彼がまだ十代の頃。若者らしい不遜な瞳もったポールアンカも今60半過ぎの年になり、すっかり柔和なアメリカのオジサンという感じになっています。ポール・アンカが世に出した曲で最も一般的なのは〔My Way〕ではないかと思いますが、今から50年前爆発的に流行った〔Daiana〕〔You Are My Destiny〕の他〔Crazy Love〕〔Kissinn on The Phone〕など私には懐かしい曲です。街でも喫茶店でも繰り返しこの歌が流れていました。当時私といえば、見せ本のジャン・コクトー詩集などバックにしのばせ、連日連夜幾人かの仲間と喫茶店にたむろという何を考えていたんだか判らない年頃。あの軽佻浮薄な時代を妙に懐かしくおもいだしながら、声量も年相応になったポール・アンカの歌にしばし聴き入りました。

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私のお宝

なんでも鑑定団という番組をたまに見てちょっと首をかしげる事があります。掛け軸とか古い絵などが本物で無い場合二束三文の値段がつきます。以前も水墨画のようなものが贋作とわかり1万5千円という価格。本物なら数百万とするものが鑑定を受けなければわからないほど巧妙に出来ているのであれば、かなり腕のたった画師の作に違いないのです。下手な私の絵でさえもう少し高いのですから贋作にせよ年季の入った仕事。もう少し高くともいいはずと思います。

隣県桐生市では毎月第1土曜日に骨董市がたつのですが、去年この市でひと目で気に入った品を購入しました。骨董市で価格値で買うのは素人、私はしっかりと店主と取引をして15,000円の品を12,000円までひきさげてゲット。そういう時は我が夫他人のふりで私から遠ざかっています^^私には買った価格の数十倍の価値のあるもの。たとへチャンスがあったとしてもなんでも鑑定団に依頼するつもりはありません。私だけのおたからですもの。

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緑青が吹いているので銅で出来ているのでしょう。本来置物ではなく何かの付属品と思います。たとへば舟の舳先とか。。。天馬が駆け上がる姿がどの角度からも美しく、よく見ると金のようなものがわずかについているのが判ります。

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惹かれる言葉

〔山頭火のぐうたら日記〕を読んでいたら惹かれる言葉を見つけました。

〔自ら徹し得たと思う人があるなれば、その人は未だ徹していない人である。人間の心はそこのない穴である。一尺掘っても水は湧く。しかし掘っても掘っても掘りきれるものではない〕

ごく最近では桑田真澄氏が現役を引退するとき〔悔いが残る〕といいました。〔悔いがない〕というのは誰でもいいますが桑田さんの〔悔いが残る〕はふと山頭火のこの言葉をおもいました。

日本画家の最高峰である奥村吐牛は100歳過ぎてからだの自由が利かなくなったことを嘆いて涙ながらに〔これからだというのに。。。〕といいました。山頭火のこの言葉は昔テレビで観た奥村吐牛の様子を思い出します。

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ドクターハラスメント

新聞の投稿欄に時々ドクターハラスメントの記事が載ります。今日〔23付け〕も心臓の悪い患者が医者に〔平均寿命過ぎたからいいじゃないですか〕と言われたという記事がありました。私もドクターハラスメントにあった事があります。私は先天性股関節症という病気を持っているので痛む時は病院へ行きます。痛み止めの薬など何処でも同じと思って近所の病院へ行っていたのですが、この病院の40代と見られる整形外科の先生じつにむら気で気分やなのです。気分のよいときには患者である私相手に医療機関内部の話など長々と話して聞かせたりするのです。このあたりで〔この先生、どうも変な所があるな?〕と感じていましたが機嫌の悪いときなどいやに態度が横柄で邪険な物言いをします。

ある日のこと〔痛い痛いって死ぬわけじゃあるまいし!〕と冷たく言い放ったので、さすがにおとなしい^^私も〔先生、そんな言い方はないでしょ!!痛いから来てるんじゃないですか!それなら どうですか なんて聞かないでくださいよ!どうですか?といわれりゃ痛いといいます!もう結構です。〕とそのまま席を立って帰りました。

医療職務の大変さは絵仲間の医師たちに聞き及んでいますので不安定な精神状態もその激務に要因ががあるのでしょう。でも患者にあたりちらすのは最低。医師として育ってないのだと思います。

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妙義山  

赤城山 榛名山と並んで上毛三山とよばれます。

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おめにかかりたくなかった。。。

数年前の出来事

大型レジャー施設でたまにクラシックミニコンサートを催す事があります。一般庶民にもハイレベルな音楽会の雰囲気を味わってもらおうという企画だとおもいます。普段はカラオケのステージになっている場所が急きょ立派なピアノがすえられ、それらしくなって、普段着の客も気持だけはあらたまって静かに開演を待つうち、やがてチェロを持ったタキシード姿の演奏者が現れてチェロコンサートが始まりました。群馬交響楽団の方ということです。〔現役かどうかは不明〕クラシックといっても耳になじんだ曲が多く7,8曲の短い演奏でしたが選曲も程よく満足できました。

さて、音楽を楽しんだ後プールでひと泳ぎ、お風呂で身体を温めようと銭湯へ向かったところ、血圧測定器でシャツ姿の男性が血圧を測っています。ちょっと気がつきませんでしたが〔アレ!?〕とふりかえってみたところ間違いありません。威厳のあるタキシード姿でチェロを演奏した方です。くしゃくしゃの洗い髪で汗を拭き吹き座っている姿は演奏時の素敵なお姿とはほど遠く失礼ながらそこらのおっさん。。。ちょっとこの姿お目にかかりたくなかった…bearing

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遠浅間  久々に浅間山が姿を見せました。

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友人関係  うまくいくには・・・

先日、絵の後輩が親友といってはばからない人と仲たがいしたそうです。原因はその親友とやらの娘さんのご祝儀のことで揉めたということ。ばからしい!!大体女性たちが〔私達お友達よねェ♪〕とかいってつるんでいるのが信用なりません。高校生ならいざしらず、子供を育て上げ、閑になってそれでは絵でも習おうかといったおばちゃんがたです。しばらくは何処へ行くにも仲良しこよしででかけていますが、そのうち互いの性格、絵の上達の相違、または暮らしぶりその他のことで喧嘩別れの例をどれほど見たことか。。。おばちゃん方のべたついた関係ほど気色悪いものはない、と私は思います。

その点、前回の記事の我が姐さんと私、40年の付き合いですが、互いの性格があまりに違う為いまだに仲良しなどと思っていず、したがって、互いの家庭の幸不幸に出すぎたことは一切いたしません。すべて周囲と同等でそれが節度ある付き合いと思っていますので。

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5日の違いは大きい

げに恐ろしきは女心。

電話を受け取った夫が〔お~ぃ、ねえさんから電話だよ〕というので急いで電話口に出るといきなり〔誰が姉さんだよ。だぁれが・・・〕とドスの利いた声。友人です^^さらにつづいて〔あたしはアンタより5日若いんだよ。な~んで姉さんなんだよ~!〕と生粋の上州弁?で挨拶も用件もなしに不満げな声がまくし立てます。〔けち臭いこといいなさんな!たかが5日じゃないの~。それに姉さんではなしに姐さん。当たってるでしょう。。。〕と応酬すると〔いや、たかが5日は貴重な5日だよ。旦那にちゃんと言っておきなよ!〕文字にするとちょっと怖いオバサンとお思いでしょうがこれでじゃれているのです^^

しかし、もう人生も終盤に入った婆さん2人がたった5日の差でどちらが年上ともめるのです。冗談半分にしろ女心とはなんとも恐ろしいではありませんか。happy01

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サムホール ハガキ2枚の大きさです。額縁は夫作 旧い額縁をきれいに再生してくれるので途中経過用にに使っています。

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味のあるやきもの

お天気のよい日は我が家から比較的近い赤城山麓にあるレジャー施設まで足を伸ばしプールでひと泳ぎ、気持のよい露天風呂につかって過ごす事があります。売店を覗くと陶器を扱ったコーナーがあって、ユニークなものや、つかい易そうな作品がたくさんあり、貼ってある値段は極端に安いのです。聞くと知的障害を持った方々の作品ということでした。以前ある著名人の作られた陶器を見た事がありますが、その方の創られた陶器は数千円~数万円。知的障害を持った方々の作られた陶器は300円~600円。私には作品の違いがわかりません。安くてつかい易そうなものがありましたので買ってきました。

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最初の記憶

昔からの奇妙な癖に、自分の存在を初めて意識した記憶をさかのぼって考えるということがあります。最初は3,4歳の頃をきわめてはっきりと思い出すことが出来たのですが、そのうちいや、もっと先があるはずと考えているうち、2歳ごろではなかったかと思われる頃まで思い出す事が出来ました。

私は日当たりのよい居間で虫の羽音で目が覚めました。たぶん蝿の羽音ではなかったかと思います。そのかすかな羽音がとても心地よかった。突然一人が心細く、起き上がって明るい部屋から暗いひんやりした方へ向かいました。母が背を向けて何かをしています。母のすぐ近くへ寄った筈なのに母の顔を思い出せない。思い出すのは自分が着ていた黄色いワンピースです。胸のポケットに赤い南天の実のようなボタンをはっきりと覚えているのですがそれ以外の記憶はありません。長じて黄色いワンピースのことを聞いてみたら2歳の頃のものだと母がいいました。

母親の産道を通りってこの世に生まれ、産湯の盥のふちの光を覚えているという記憶を持つ三島由紀夫とは2年も遅れていますが、何とかこの先はないものかといくら記憶をたどってもこれが限度です。皆さんはどの年齢までさかのぼる事が出来るでしょうか。とりとめのない話題でした。

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映画〔雨に唄へば〕を観る

ミュージカルの最高傑作といわれる〔雨に唄へば〕を久しぶりに見ました。1952年制作、ミュージカル全盛期の頃の映画です。ミュージカルトップスターのフレッドアステアと双璧をなすジーン・ケリー代表作ともいえる映画。私は若い頃、カーペンター体型のジーンケリーをあまり好きではなく、エレガントなアステアのファンでしたが、今日の映画を観ていて、ジーン・ケリーのダイナミックな身のこなしにため息の出る心地がしました。中でもお気に入りのシーンは鮮やかなグリーンのドレスにダイナミック・ボディを包んだシド・チャリシーと組んで踊るシーン!これは圧巻です。主演女優のデビー・レイノルズがやや役不足の感が否めなかったのがシドのダンスで解消されました。そしておなじみのあの雨の中で歌い踊るジーン・ケリーはミュージカル映画史に永遠に残るシーンでしょう。新鮮なドナルド・オコナーも素晴らしいダンサーだったことを再認識。 いやぁ~、映画って本当にいいですねheart02〔どこかで聞いたせりふ^^〕

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おっとりとは・・・

おっとりという言葉は、いい環境に育ち品よく他人と争わない人のこと、とこの地に越してくるまで思っていたのですが。。。

現在私の住んでいる地方は群馬県との県境です。上州育ちの女性は昔から〔カカァ天下と空っ風〕といわれるように元気で働き者が多いようです。若い女性の言葉遣いはごく一般的ですが、私の周りの中年以降の女性たちの言葉遣いはお世辞にも女性らしいとはいえません。〔あくまで私の周り〕 判り易くいうと時代劇の仇な姐さんといった伝法な口調です。私がこの地へ来た時代女性はまだ〔・・・なのよ〕〔・・・だわよ〕という女性言葉を使っていましたが、この地へ越してきて女性たちが〔・・・だよ〕〔・・・なんだよ〕と男性と変わりない口調だったのでちょっとびっくりしたことを覚えています。女性たちは口調も男っぽいし行動もてきぱきとした方が多く、何事もワンテンポ遅れる私に〔おっとりしてるねぇ〕というのでした。〔おっとりしてる?育ちがよく見えるのかな^^♪〕とまんざらでもない気持でいたところ〔○○さんの三男少しおっとりしているんだよ。あれじゃ就職できないね〕とか〔△△さんとこの娘嫁にいけないね。おっとりしているんだよ〕とおっとりという言葉のニュアンスがちょっと違うような。。。?そのうち〔ほら!おっとりしてるんじゃないよ!日が暮れちまうじゃないか!〕にいたってどうやら〔おっとり〕は上品でもなんでもなく〔ぼんやり〕の意味合いが強かったという事がわかりました。この地方の女性たちから見て私は相当に〔ぼんやり〕した女だったわけです。私が育った土地では〔おっとりしたいい女性〕〔おっとりと品のいい〕としか使わなかったのでエライ勘違いしたことになります。地方によって同じ言葉がこうも違う使い方をされているとは!

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十五夜は曇りで見えませんでした。十六夜?

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貴方と違う 的感覚

今は死に体の福田総理が現役中で最も国民にアピールした名文句〔貴方とは違います!〕 福田総理の場合とは少し意味あいが違うかもしれませんが〔貴方とは違う〕的感覚を持っている方がけっこういます。なにしろ他人を下に置きたがる人。ちょっとお人よしな人をすぐに見下すし、世事に疎い人、無趣味な人、なども槍玉に上がります。他人を蔑視することで己が浮上したいという卑しい心が〔貴方とは違う〕的感覚にするのでしょう。他人の事情に思いやりを持てないのです。

昔、町の小さな絵画グループ展でひときわ稚拙な絵を描く男性がいました。私は稚拙ながら独創性を持っている絵だと思っていましたが、ある日のことその男性が私に〔僕の絵は毎年同じあの隅っこ。もう絵を出すのよそうかな〕というのです。このグループの人達は彼を仲間に入れはしているのですが明らかに〔貴方の絵と私の絵は違う〕的感覚なのです。そして彼の絵は発表されなくなりました。

〔貴方とは違う〕的感覚が差別やいじめの芽のような気がしてなりません。

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一日デッサン会

今日は隣県まで遠征、一日デッサン会に参加。正しくはじっくり描き込むデッサンではなく、1ポーズを15分~10分で描くクロッキーという分野です。我が町でも画友たちと会を持っているのですが、月一度のデッサン会では心もとなく越境しての勉強です。集中を要する作業なので老骨にはこたえますが好きなことなので私は描いているうちは疲れを感じません。この会は年配者が多く、午後にはすっかり集中力をなくして全ポーズ描くことなく隣の部屋で休んでいる人も居ます。なかには手が動かないのでふと見ると用具を握ったままで舟をこいでいる人も。。。^^クロッキーは形になるまで10年を要するといいますがそれも努力あってのこと、居眠りをするようではその限りではありません。休み時間ただおしゃべりをしているおばちゃんたちと、身体を休めているモデルを黙々と描いている青年とでは上達に大きな差が出るのは当然です。小さな努力をせずに〔上手くなりたいわぁ。。。〕だけでは上手くならないのがクロッキーです。

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えらそうなことをいったわりにはお粗末な出来です^_^;

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方言の面白さ

皆さんは〔なかめしぐるりあん〕という言葉をご存知でしょうか?

先日、当ブログにときどきコメントを寄せてくださる〔HikoさんのジャンクBOX〕のHikoさん様が、私がUPした〔くるみおはぎ〕の写真をご覧になって〔おはぎはふつう〔なかめしぐるりあん〕というとおっしゃったので驚きました。〔なかめしぐるりあん〕を〔ふつう〕につかっていらっしゃるHikoさんは九州地方の方です。飯をぐるり餡に包み込むのがおはぎですから、あまりにそのものずばりの固有名詞に、さいしょはHikoさんの冗談ではないかと訝って検索をかけてみたところ、地方のあちこちでこの〔なかめしぐるりあん〕と言っている事がわかりました。私は東北北部の生まれです。寒い地方はなんであれ言葉を縮めて仕舞うのは、なるべく口の中につめたい空気が入らないように・・・というくらいですから〔なかめしぐるりあん〕などと長ったらしい言葉など使わないのが当然で、70年この方こういう言葉があるとはつゆ知りませんでした。

では私の生まれ故郷では昔、おはぎをなんといったかというと〔半殺し〕あるいは〔皆殺し〕。こっちのほうがよほどおどろきですよねhappy01おそらくおはぎを作るのに中のご飯を半分つぶすか、もっと丁寧のにつぶしてしまうかということだと思います。〔念のため、 私の子供の頃はもうこの言葉は使いませんでした。〕    方言って面白いですね。

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おはぎを作るとき、昔は必ずご近所におすそ分けするぶんを作りました。

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幻のネクタリン

私は元来食べ物に淡白な人間です。言い換えれば粗食でじゅうぶん満足できるタイプ。それでも生涯にあの味をもう一度、と思うものがいくつかあります。おもに自然の味果物が多いですね。

30年ほど前のこと。長野善光寺の前で季節の野菜、果物の小さな市がたっていて、通りかかった私に店のおばさんが(食べてみんせ)とまるごと一個のネクタリンを差し出しました。ネクタリンを食べてみてこの世にこれほど美味しい果物があろうかとびっくり。即座にそのおばさんから5個ほどネクタリンを買ってそのまま白馬へ行き、宿の冷蔵庫で冷やして食後ワクワクしながらネクタリンを食べました。 が善光寺前で頂いたネクタリンとはまったく違う味でした。美味しくないことはないのですが 貰ったものとは雲泥の差があります。つまり私がもらったものは客寄せ用のものだったのです。果物は完熟してここから先は地面に落ちるしかないというときが最高の味になるのですが、売り物は見た目のよくなった時点で収穫、販売するので、買う側は本当の味になかなかありつけない。果物農家の人はそれをよく承知していて完璧な味のものを客寄せに使っているのです。

今回塩田平で小店を開いていたおばさんにやはりネクタリンを味見させてもらいました。普段スーパーで買うよりはるかに美味ですが、善光寺で食べたものより味が落ちます。買うのはもっと落ちる味と承知しているのですが、幻の味のネクタリンを求めて反射的に買ってしまうのです。

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別所温泉

久しぶりの塩田平はあらためて歴史の里ということを実感。今回はスケッチをせず歴史的建造物を見て歩きました。塩田北条氏が鎌倉幕府が危機に陥ったとき(いざ鎌倉)と総力をあげてはせ参じたのは有名。(いざ鎌倉)はこの地から出た言葉なんですね。

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国指定重文 中禅寺薬師堂

P1060115_2 そして塩田平といえばなんといっても別所温泉です。別所温泉の歴史は古く、日本武尊が東征のおり発見したといわれています。

共同風呂は3箇所ありますが、私は(大師湯)に入りました。弘法大師ゆかりの湯だそうです。

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北向観音 時間がなくなり近くまで行けず屋根の部分しか撮れませんでした。本堂が北を向いていて長野善光寺と向かい合っているそうです。また境内には(愛染かつら)の木があります。川口松太郎が命名、縁結びの木として有名です。樹齢1200年というから驚き。塩田平の神社には樹齢の長い木が驚くほどありました。

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信濃デッサン館 無言館

塩田平へ出かけてまず驚いたのは観光客の多かったこと。私が最後にこの地を訪れたのが15,6年前でしたがそのときもまだ静かな田園風景があるだけでひっそりしていました。最初、信濃デッサン館が出来てすぐに、スケッチ目的で友人達と来たときにはまだ魅力的なわら屋根なども残っていましたが、いまは皆無のようです。デッサン館の中は展示作品が増えていました。新たに小部屋が出来ていてエゴン・シーレのコーナーになっていたのは嬉しいことでした。

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デッサン館は年月によって美術館らしい雰囲気を増していました

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無言館も作品がずいぶん増えたようです。大勢の人が観賞していましたが咳一つしないのは、20代の若さで才能ある多くの命が戦争によって散らされたことを想ってのことでしょう。無言館は何度訪れても切ない思いにかられます。

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私はその昔、信濃デッサン会の会員でした。催しには参加しませんでしたが当時は割りと頻繁に出かけていました。テレビで拝見する窪島氏は風格がましてご立派になられましたが、私が強く印象に残っているのは、ちゃんちゃんこ姿でりんごを丸かじりしていた若々しい(可愛らしい^^)姿です。氏はまだ30歳後半ではなかったかと思います。受付嬢に聞いたら今はこの会員証は発行していないとのことでした。貴重な券になっったようです。

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信州塩田平

関東地方は昨日まではまだ夏の名残があり空気がべたついていましたが、今日は久しぶりの晴天、風も爽やかでした。好天に誘われ信州方面にドライブ。想いは同じとみえて平日というのに高速はマイカーが休日並の賑わいです。行く先は15,6年ぶりの(信濃の鎌倉)といわれる塩田平。神社仏閣が数多く、国指定重文の建物が随処にあります。

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生島足島神社  大地に生命を与える生島神社 人の願いに満足を与える足神社の二神を奉っています。

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前山寺  三重の塔は(未完成の完成塔)といわれ、国指定重文になっています。

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前山寺のくるみおはぎは有名で予約が必要ですがたまたま予約無しで頂く事ができました。ラッキーでした♪

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本堂の中から観た塩田平の風景

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大道あやと丸木美術館

今週のNHK教育(日曜美術館)は大道あやという一般的にはあまり名の知られていない画家を取り上げていました。大道あやは埼玉県東松山にある丸木美術館の画家丸木位里の妹です。丸木兄妹の母スマは70歳になってから絵を描き始め開花しました。娘あやも60歳になってから絵を描き始め絵本作家として活躍ということです。

テレビに映し出された大道あやの絵は、絵を描くという喜びに溢れていて、くだくだしい絵画の基本という約束事に縛られない、自由で闊達で清らかでした。

私は以前何度か(原爆の図)で有名な丸木美術館を訪れて1,2度位里、俊夫妻をお見かけしましたが、夫妻は東松山という土地に溶け込んでいて偉業を残した大画家という気がしませんでした。この頃大道あやも一緒に生活していたらしいのですがおそらく農婦姿だったのでしょう、位里、俊以外の画家らしき方はわかりませんでした。田舎の静かな暮らしの中に没してただ絵に対する情熱だけを燃やしていたのだと思います。

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ほいどさん

私が子供の頃、郷里ではよくものごいがやってきました。私の郷里のみならず当時は全国どの地方にも物乞いがいたようです。呼び方は地方によっておこも、ものもらいその他いろいろあったようですが、注目すべきは彼等をおこもさん、とかおもらいさんと〔さん〕の敬称がつけられていました。彼等が分をわきまえて裏からそっと顔を覗かせ手を前に出すと無下に追い払うことはなく、どこの家でもおにぎり、たくあんと子供の小遣い程度の施しをするのがふつうでした。私の故郷では彼等を〔ほいど〕と言っていましたが〔ほいど〕の語源はどうやら〔法衣人〕がなまったもので、元は托鉢をする坊さんをさしたようです。ですから汚いとか怖いなどといってなにもあげずに追い払うと言うことはなかったのです。今ではこの行為を禁じているようです。世の中が物騒になったからでしょう。〔ほいどさん〕が行脚していた良き時代が60年前はありました。

山頭火もときには〔ほいどさん〕になって世の中を行脚したのですね。

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山頭火

昨日、取り寄せてもらった本を受け取りに書店へ行きふと目にとまった〔山頭火のぐうたら日記〕を一緒に購入。詩型の本はわずかの時間に読めるので台所に何冊かおいてあります。夫がプールから帰ってくるまでのあいだ買ってきたばかりの本を少し読みましたが、ことさら装飾的でないところがなにより山頭火らしいし、人間的で胸に響くものがあります。

○ 私は近来、人間に食傷したようだ、私はまだ人間を全的につかんでいないのだ、これでは旅にでるより外はない。

○ 歩かない日はさみしい、飲まない日はさみしい、作らない日はさみしい、ひとりでいることはさみしいけれど、一人で歩き一人で飲み ひとりで作っていることはさみしくない。

○ 理解のない人間に会うよりも、山を見 樹を眺め 鳥を聞き 空を仰ぐ方がどのくらいうれしいかは、 知る人は知っている。

素朴で 真髄をついていて共鳴できる言葉が並びます。

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煮干し 0号 ハガキ大です

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たてまえ・ ほんね

たてまえ

夫は本当によく出来た人間です。40数年同じ会社に真面目に勤めました。帰宅して我が子の顔を見るという楽しみもなく、美貌の妻が待っている、ということはさらに望めないという状況のなか、酒〔飲めない体質〕タバコ〔結婚して禁煙〕、もちろん賭け事などいっさいやりません。楽しみと言えば休日に愚妻をつれてドライブ、長期の休みには夫婦で旅行に出かけるのが常でした。そういう場合も愚妻は夫に寄り添うでもなく勝手気ままに下手な絵を描くことだけに熱中、さぞ手持ち無沙汰だったろうと思います。おかげさまでさしたる波風も立てずにここまでやってきたのですもの、これから先も宜しくお願いしますよ。。。

ほんね

まぁ、なんという横暴な男!よそ様では奥さんのほうが圧倒的に口数が多いというのに、我が家は逆です。私が一つ云おうものなら十になって返ってくるんですから。勤めていたころだって用があって会社に電話したら休みということだってあったんです。一体何処へ行っていたやら。。。波風立てずにここまでやってこられたのも出来た女房のおかげ。少しぐらい器量が悪いたって、手料理が不味くたってそれが何だって云うの?おかげでメタボにもならず今まで病気知らずでいられたでしょう。不必要に夫に手をかけないのはこの先一人でも生きていけるための教育、感謝してもらいましょうか。。。

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この先は利根川です

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旧い絵

時々、絵を保管している倉庫を開けて見ることがあります。きちんと保管しないとキャンバス同士がくっついていたり、へこんだりしているのでうっかり出来ません。またあまりひどい絵はつぶして再利用をすることもあります。

30数年前、私が初めて町の展覧会に出品した作品が出てきました。まるで昭和初期の絵を見ているようで我ながら仰天してしまいました。これは北軽井沢にあった農家の廃屋を描いたものですが、この他わら屋根は数枚作品にしていますから30年前にはまだわら屋根が探せばあったのです。今は保存地区へでも行かなければこの風情ある日本家屋を見る事が出来なくなりました。日本中何処へ行っても画一的な建物になりなんだか風景の点在家屋がつまらなくなってしまいました。そういう意味では旧態依然とした絵でも描き残して置いてよかったと思います。

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いまどきこんな絵を描く人は居ません。大真面目に描いていましたね^_^;案の定絵の具が剥がれて修複が必要です。

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小声の男

レジャー施設に行くと施設内ににわかコーナーができて、美顔とかマッサージとか小店を開いています。私は股関節が悪いので、週一回この施設にマッサージを受けに出かけるのですが、ある日フットケアなるコーナーが出来ていました。私ははこう〔字が出ません。〕があるので片方の足に重心がかかり、そのために足の裏のある部分が硬く魚の目が出来かかっています。その相談をしたらリクラ二ング・チェアーをすすめられ足の裏の魚の目の治療にかかりました。施術師は症状についての説明をしているのですがその声が異常に小さいのです。リクライ二ング・チェアーに横たわっている私と、私の足を治療している施術師の距離は結構あるのに、この男性声が小さい為私がいちいち椅子から身体を起こさなければならないのです。何度もそうしているうち弱い部分の股関節が痛くなる羽目に。。。私、しまいには〔耳が遠いのでごめんなさい〕と言って知らん顔を決め込みました。少し耳が遠いのは本当ですが、それにしてもこの男性、異常に声が小さくささやき声でした。男子たるものもっとはっきりした声を出さんかい!と一喝したいところ。。。

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函館の車やさん 威勢がよかったです♪

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困ります!

最近親しくさせていただいている〔しづのおだまき〕さんより〔米谷ふみ子〕という作家のことを知り、また彼女の過去の記事を拝見しているうち、この作家の本をがぜん読んでみたくなりました。そこで馴染みの書店へ出かけて本を探したのですが文庫本が一冊あるだけ。しかたがないので〔けったいなアメリカ人〕と〔ええかげんになはれ!アメリカはん〕の取り寄せをお願いしました。と顔馴染みの店員さん、黙ってカウンターの下の張り紙を指差すので読んでみるとなんと閉店のお知らせでした。私、思わず〔何でぇ~~!?〕

この書店は町一番大きな構えの書店なのでよもや閉店するなど思いもしませんでした。又〔なんでよ~!困るじゃないの!〕というと〔そういわれても。。。〕そりゃそうです。閉店は店員さんのあずかり知らぬこと。CDコーナーがすべて半額になっているので覗いてみるとクラシックばかりです。私は仕事中集中するのに音楽が必要ですが、それにはあまり聞き惚れてしまわないクラシックが一番。というわけで3枚購入。頼んだ本は取り寄せてくれるそうです。

最近私の馴染みの店がつぎつぎ閉店します。疫病神になった気分。。。

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皇女アナスターシャの謎

昨夜〔8月31日〕NHK教育でETV特集 ロマノフ王朝の悲劇という番組を早くからマークしておいて楽しみに観ました。私の時代の人間だとロマノフ王朝の最後の皇女アナスターシャの謎に興味を持つ人が多いはずです。過ってアナスターシャだと名乗る女性が現れて長いことその真相が話題になっていて映画にもなりました。昨日の番組では結局、現代最新法医学DNA鑑定で、ニコライ2世一家が幽閉され最後に一人残らず銃殺されたということで90年間のミステリアスなアナスターシャ伝説が非常にも〔私にとって^^〕打ち切られました。

あらためて当時の様子を目撃した証言者や、克明に残された文書をみると、ニコライ2世一家に対する臨時政府の兵士達の残虐行為の凄まじさにおののきます。アナスターシャ伝説は幼い末娘のアナスターシャを哀れに思った兵士の一人が匿ったと云う噂が元だったようです。なんにしても現代法医学の判定できっぱりと〔はい、これで終わりです〕と味も素っ気もない結末になりました。しかしずいぶん長いことアナスターシャ伝説は人々を魅了したものです。

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老女も恋します

たまには艶っぽいことをとおもいます。

5年前に築30年のぼろやをリフォームしたのですが、風呂場の工事を受け持った50代半ばの大工さんに一目ぼれheart02用もないのに仕事中傍に行ってはなにかに話しかけていましたが、風呂場が完成前日もう明日を最後に彼を見る事が出来なくなります。そこで意を決してモデルになってくれないかと頼みました。何度も仕事中に周りをうろついたのはそれをお願いしたかったのですが、とうとう自分では言えず夫に頼んで言ってもらいました。と〔あ、いいっすよ。あさって休みだからあらためてきます〕とのこと。

当日やってきた彼とアトリエで2人きりで数時間。坐像をデッサンするのですが、よこしまな気持ちの為どうもうまくいきません。表面と側面からなんとか2枚描きながら〔このお顔じゃ さぞおモテになるんでしょうね〕〔なんだかねぇ、みんな勝新太郎に似ているっていうんですよ〕〔そうですか!私はショーン・コネリーに似ていらっしゃると思いますよ〕となんとも我ながら気恥ずかしい会話になりました。日本人にしては中高のほりの深い描き易い顔立ちだったのです。出来上がった絵は彼の風貌、雰囲気だけは何とかつかめたように思います。後日出来上がった作品を彼に差し上げました。不出来な作品を家族中で喜んでくださったようです。不思議なことに絵が描きあがった途端私の恋心はきれいさっぱりどこかへ消えてしまいました。

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北アルプス サムホール〔ハガキ2枚大〕

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