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作法の行き過ぎ

私の昨日の記事〔日本人でよかった〕に矢嶋様〔矢嶋武弘のページ Yajimatakehiro2007〕よりコメントをいただきましたが、拝見しているうちふと小学校時代からの友人のことを思い出してしまいました。

友人Hちゃんは近所の江戸時代から続いた酒屋の一族で、彼女のお祖母様は武家の出身ということでした。彼女の母は姑のあまりの厳しさに耐え切れず家を出た後Hちゃんはこの厳しい祖母に育てられたわけですが、学校でも場違いの礼儀、言葉を使うので子供達はHちゃんを特殊な眼で見るようになり疎外された感じになりました。成人になって偶然街で出会うことなどあってもHちゃんのご挨拶に閉口するので誰もが気がつかないふりをして過ぎようとするのです。きわめつけは銭湯でした。当時は自宅に風呂があるうちなどなかったものですからみな銭湯へ行ったのですが、ここでHちゃんに遭うことをみな嫌がったのです。銭湯ですから当然みな裸ですがHちゃんは状況などおかまいなしに知った顔に出会うとその場にぺたりと両手をつき〔お晩でござりゃんす。今日は一日よいお天気でござりゃんしてなによりでした。。。〕と始まるものですから挨拶をされた方は裸でその場に立ち竦むという状態なのです。彼女はとうとう〔ござりゃんす〕というあだ名がついてしまいました。お祖母様が礼儀正しく武家言葉を使うよう躾けたものですからHちゃんはそうするより他なかったのです。やがて結婚するのですが家風に合わず3年で離縁。中年過ぎてうつ病になり自殺されたと昨年帰郷した際に聞きました。

時代にそぐわない行過ぎた礼儀作法が彼女の人生を狂わせて仕舞ったとしか言いようのないことです。少々お粗末な育ち方でも時代に沿っっていたほうが無難ということのようです。

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雑記」カテゴリの記事

コメント

へ~ と言いたくなるお話ですね!
そのHちゃん、順応性が無さ過ぎた?
郷に入れば郷に従い、朱に交われば赤くなる・・・・
子供なら、少しは持ち合わせているでしょうに・・・・
この人、機転の利かない、かなりの堅物とお見受けしましたが・・・
そのお行儀作法も、バ~ちゃんの前だけで留めておけば、悲劇は回避されてかも知れませんね~

投稿: Hikoさん | 2008年9月29日 (月) 08時00分

Hikoさん様
Hちゃんは小さい時分から浮いた存在でした。昔は周囲と違った言動をするものには現在より辛らつな反応をしたように思います。表面的にしろ今の方がまだ相手を理解をしようとする人が多いように思います。ましてや封建的な田舎のこと。私はHちゃんとは同級生で家も近かったので少しは会話もしましたが彼女の世界を覗くことは到底無理でした。毅然とした暮らしぶりなのですが。。。

世の中にはいろんな人が居るという一例ですね^^

投稿: おキヨ | 2008年9月29日 (月) 12時24分

気の毒な話ですね。
小さい頃から厳しい祖母に躾を叩き込まれると、なかなか直らないでしょう。まして、実母が逃げていってしまっては、祖母の独壇場です。
周りの人が言ってあげても、直らなかったでしょうね? 彼女に順応性がないのも事実でしょうが、可哀そうな話です。しかし、比較にはなりませんが、戦前はこれ以上の驚くべきことが沢山ありましたね。
相手の顔さえ見ていないのに、親の命令で結婚させられたといった話はずいぶん聞きました。私の親戚内にもいました。
そういうことが当たり前の時代は、言いたくないですが、日本は非常に“非人間的”だったと思います。これは美徳ではなく悪習ですね。
でも、その祖母は良かれと思って、孫娘を躾けていたのでしょう。

投稿: 矢嶋武弘 | 2008年9月30日 (火) 10時26分

矢嶋様
Hちゃんはなにか目に見えないものの犠牲になったような気がします。明治、あるいはもっと前の時代の幽
にからめとられたのかもしれませんね。着る物、動作すべてが時代から分離していました。私は家が近いせいもあり彼女と会話を交わしたほうですが、深部で理解をしようというまでにいたりませんでした。もちろんお祖母様のいるお宅へ遊びに行くこともなくHちゃんも他人に家に遊びにくるという事がありませんでした。

ほんとうに昔、といっても私の年代ではついこの間までといったほうがいいかもしれません、人道的ではない時代がありました。

投稿: おキヨ | 2008年9月30日 (火) 11時47分

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