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日本人でよかった

日本人でよかったと思います。なぜかというとアメリカ ヨーロッパ諸国では挨拶時にハグとか頬をにキスという習慣がありますが、あれって触るのも嫌なタイプでも断るわけにはいかないでしょうね。私はなるべく他人の身体、手に触れたくはありません。そういう習慣がなく過ごしてきたからです。テレビなどで外国人が頬にキスしあうのを見るにつけ自分はそういう習慣のない国に生まれたことにほっとしています。

今の方は久しく逢わなかった人と再会したときには抱き合うまではいかないまでも手を握り合って喜ぶということは普通になっているようです。私達姉妹の話ですが、何年ぶりにあったとしてもおおよそ手を取り合って喜ぶということはありません。元気そうじゃない、とか痩せたとか太ったとかが挨拶代わりで、なんともだらしのない話です。私の母の姉妹はまた極端で伯母が我が家へ来たときなど母と伯母は他人のように畳に手をついて丁寧に挨拶を交わしました。言葉も敬語なので私は母に 姉妹なのに変じゃないかと云った事がありましたが、明治時代の慣わしだったようです。そのうち日本人も握手、ハグ キスという挨拶が普通になる時代が来るでしょうがもうどうでもいいことです。私がこの世に居ないのですから。

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F3号

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コメント

日本人もだんだん欧米風の風習に近づいているようですね。でも、それが自然で違和感がなければ良いと思います。
私の家も亡父が厳しかったので、子供たちはいつもピリピリしていて、父に対してはいつも敬語を使っていました。また、私は兄たちに対しても敬語を使っていました。
ところが、小生が家庭を持つと、子供たちは一向に敬語を使いません。私が甘いのかもしれませんが、要するに、昔と違って今や父親の権威なんて失墜したのでしょう。でも、それが自然なので納得しています。
日本に生まれて良かったのですが、日本人は素直な感情表現が下手だと思います。感情や気持を隠すのは得意ですが・・・でも、それが日本の“美徳”だったのですね。

投稿: 矢嶋武弘 | 2008年9月28日 (日) 12時06分

矢嶋様
日本人は感情表現が下手というのは間違いないようですね。その中でも東北の人間ははさらに下手なようです。さらにさらに我が兄弟姉妹の表現の下手さは最たるものがあります^^そういう育ち方をしたものですから赤の他人に触れるのをついつい好まなくなったわけです。

子供達が父親を昔ほど恐れなくなったというのは時代の流れだと思います。私など父とちゃんとした会話を交わした記憶がありません。父とはそういう存在でした。無意味に子供達から恐れられ、疎まれる父親というのも気の毒な時代だったと思います。

挨拶を含め作法を重んじるということも時代にそぐわなければおかしなことになりますね。
その具体例は後ほど・・・^^

投稿: おキヨ | 2008年9月29日 (月) 00時49分

おキヨ様。。。
うちの父の姉が来た時も
他人行儀に三つ指突いて
挨拶したと姉がビックリして
話した事があります。
段々。。礼儀がなくなって
このままなし崩しになぁなぁに
なるのでしょうね。
いい事か悪い事か分からないのですが。

投稿: sunday | 2008年10月 3日 (金) 18時05分

sunday様
お父様ご兄妹もやはり丁寧な挨拶を交わされたのですね。昔の人間はそれで普通だったのを私の年で他人行儀に感じたということは、私の時代ですでに日本人の美しい行儀作法が崩れつつあったということですしかも〔姉妹で変よ!〕と非難したのですもの
なんだか責任を感じますね^_^;

投稿: おキヨ | 2008年10月 4日 (土) 00時32分

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