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2008年12月

耳を疑う話

新聞記事で見たのですからこの題名はおかしいですね。耳ではなく目を疑う話です。読売新聞12月9日付けの古い記事で恐縮ですが面白かったので。。。

〔草食化は生物的必然?〕という見出しで副題〔ブラジャーをする男たち〕これを見て最初思ったのは、日本の男は胸板が薄くスーツを上手く着こなせない。胸板を厚く見せるよう胸にパットでも入れるのかな?と思いましたがさにあらず、正真正銘の〔男性用ブラジャー〕 メンズブラを売り出したところ1ヶ月で700枚売れたということです。決して変態や女装趣味ではなく、理由として〔周囲に優しい気持ちになれる〕〔仕事の集中力が上がる〕〔リラックスできる〕などの声が寄せられたとのこと。

なぜ?という疑問が湧きいろいろ掘り下げたところ、生命の基本仕様が男ではなく女であることを意味する遺伝子が発見されたそうです。〔なんだ、アダムのあばら骨からイブが出来たのではなかったの?〕それゆえ生物学的に男は女より死に易い。〔誕生の際力強いのはたしかに女の子。男女の平均寿命を見てもうなづけます〕また車が売れなくなったのは若い男性の草食化が一因とも書いてありました。ブラ歴40年という男性は穏やかに〔私たちは自分の中の女性的な部分を大切にしたいと思っている〕といったそうな。。。

なぜ読んですぐに記事にしなかったかというと、これを読んで怒り狂うお方がいらっしゃるかもしれないと躊躇しました。男は基本仕様から外れた〔出来そこない〕とも書いてありましたし。。。知~らないっと。。。run

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私が(食べる事)に興味の薄い理由

楽しい語らいをしながら食べるというのが食事時の基本だと思うのですが、私が育った家庭は違いました。食事は黙って頂く、それが我が家の正しい食事マナーでした。食事中大声を出したり笑ったりむやみと会話をしてはいけませんでした。それでも兄妹が多かったのでふざけあったりすると父の激しい叱咤が飛んできます。今思うとまるで禅寺の僧侶達のような食事風景ではなかったかと思います。父の生い立ちはわけありで、自分が育った環境をそのまま子供達に植え付けようとしたふしがありました。食事は神聖な気持ちで有難く頂くという形だったのでしょう。たまに父が用事で食事時留守だとどんなに解放された気分になったか。。。兄妹の中でも最も父の叱責を受けたのは私です。私は好き嫌いの激しい子で、ほかの事にはきわめて従順だったと思いますが、こと食べ物に関しては頑固でわがままでした。あれやこれやで食事をするということは私にとって決して楽しいことではなく、死なない程度に食べていさえすればそれでよかったような気がします。同じ環境に育ちながら他の兄妹はごく普通で私だけが食事に関して意固地な人間に出来上りました。

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化粧の意味

先週、今年最後のデッサン会がありました。最近この会にご無沙汰だった方が久しぶりに出席、隣の席に並んで描いたのですが化粧の匂いが妙に気になって集中力の妨げになりました。この方以前も香水の匂いで辟易した記憶があるのです。私よりはいくらかお若いようですがはっきり言って高齢者。彼女身だしなみと言うにはいささか過ぎたメークとファッションです。女は美しくなる為に化粧の意味があるのですが、誰が見ても逆効果と思えるのに本人だけがなぜかわからない。女優たちのように洗練されたメーク法を知っていれば別ですが、若い頃流行ったメークそのままを60半ばの毛穴の開いた肌に上塗りしても醜悪になるだけ。。。まぁ、それも個人の自由と言うのは私もわかりますが、人の大勢いる密室に汗ばんだ身体で隣に一日座られては迷惑千万!匂いで気が散るのよ!punch

今年最後の他人の悪口。 初心忘るべからずの精神です(^o^)

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冬薔薇

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有難い話

我が家はこのH市へ越してきてから一度たりともお正月のお餅を買った事がありません。元夫の部下だった地元のEさんから40数年間毎年つき立てのお餅を頂いています。私達が東京から会社ぐるみH市へ越した時、会社で地元の社員を募集、そのとき入社し夫の部署に配属されたのがEさん。以来毎年律儀につきたてのお餅を持ってきてくださいます。夫が15年前定年退職するとき、Eさんのお宅に上がりご挨拶のあとに、お餅を今まで通り頂くのも心苦しいのでこれを区切りに・・・と申し上げるとEさん〔私の目の黒いうちは正月の餅ぐらい任せてください〕とおっしゃるのです。聞くとEさんの奥様は新潟出身でお米の入手はお手の物。暮れには親類縁者が集まり一斉に餅つきをするのが慣わしだそうで、その中から2人ぶん〔我々夫婦〕のお餅などどうということはないと言うのです。というわけでEさんの太っ腹に甘え続けて40数年新潟産の美味しいお餅を頂き続けていますnotes

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糖尿病になりたくなければ・・・

今朝のワイドショーで、大阪のマクドナルド店が1000人のアルバイトを行列に加えた話しをしていました。やらせというんでしょうか、サクラをつかったんですね。私も昔友人と二人で一度だけマックの店でハンバーガを食べてみましたが私の口には合いませんでした。私の住む田舎町までもあの白いおじさんがお腹を突き出して立っているところをみると日本の隅々まであのハンバーガー様の食べ物が浸透しているのでしょう。若い人の糖尿病が増えているのはハンバーガーに限らずアメリカの食べ物を美味しいと感じ食欲にまかせて食べるからに違いない。若い世代の肥満の多いこと。。。なぜ若い人がみなハンバーガー、その他のバタ臭い食べ物になびくのか。。。家庭で美味しい和食を作るお母さんが少なくなったから?。。。そんなもの食べているからますます味覚がおかしくなって和食の繊細な味がわからなくなるんです。そのうち日本中糖尿病、その他の成人病になるのではないかと思います。日本人の身体は食べ物しだいで、外観西洋人のような巨躯にならずとも内臓に脂肪を蓄えやしく、肥満 成人病になりやすく出来ていると専門家がラジオ警告していたのを聞いた事があります。お若い皆さん気をつけてください。若い人のお母さん和食を上手に作りましょう。正真正銘〔老婆心〕です。料理嫌いの私が言っても説得力ないか。。。

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もう捨てなければと思いつつ一日のばしに。。。^_^;

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サムホール 制作途中

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神父の手

昨日の記事を書いたことで封印したはずのことを思い出しました。もう夢のような昔の出来事なので書いても差支えがないと思います。

私が高校を出たての頃、友人をたづねて列車で2時間ほどの町へ出かけ、帰りの列車で偶然、やはりわが校と同系ミッションスクールを訪ねた帰りのA神父と一緒になりました。A神父は駅周辺に車を置いてあるから家まで送ってあげるというのでありがたく乗せていただきました。懐かしさもあってしばらく会話が弾みましたが、カナダ人のA神父突然〔クラクテ、コワイデショウ。ワタシガマモッテアゲマス〕といいながら私の手を。。。私はいつもの優しい神父様と少し違うと本能的に感じましたが、手を引くことも出来ずに、結局30分の道のりをA神父の片手運転で家まで送っていただいたのです。学校時代M市に駐屯しているアメリカンスクールに交流をはかるということで差し向けられた大型バスに乗って出かけるのですが、その際A神父は必ず座席の間に手を回して隣のメル〔修道女〕を庇いました。その行為がいかにもスマートでさすが外国の紳士と感心した事があったので、私の神父に対する変な違和感も過剰な自意識のせいと思いこもうとしましたが、胸のどこかで納得しないものがありました。A神父も年齢的にとっくにこの世の人ではないし私も老女。今頃こんな話をしてもカトリック冒涜と文句は来ないと思います。

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伊香保 夢二記念館別館にて   100数年前のスピーカー。 ビング・クロスビーのホワイトクリスマスを聞きました。

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私の聖夜

鯵の干物、根野菜と豚肉の煮物 卵焼きなどのポピュラーな和食で夕食を済ませた私も人並みにクリスマスの夜をそれらしく楽しんだ時代がありました。

私が初めてクリスマスツリーを見たのは中学一年のとき。中学からカトリック系の学校でしたので、体育館に用意された天井まで届くようなツリーの飾り付けを学校に泊りがけでしました。アメリカの子供は各家庭でクリスマスツリーを飾り、プレゼントを貰うと知って子供ながらかなりのカルチャーショックでした。なぜ学校に泊り込むかというと生徒にも教会のバルコンで賛美歌を歌うという役目があったのです。教会でメシア誕生を祝した後は集まった信者のためにメシア誕生に関連した劇をやったものです。ご褒美にお菓子の袋をもらいましたね。この頃までは実に楽しいクリスマスでした。高校へ上がってからはもうやりません。自分は別にクリスチャンではないのですから。。。反抗期に入ったんでしょうね^^学校を卒業した後のクリスマスイブもかなり楽しく過ごしました。当時は外で派手にクリスマスイブを過ごすのが流行ったものです。最近は家庭内で過ごすとか。。。今はもう食事さえ特別なことをする気もありません。もともと無宗教なのです。神様は私の中(^_-)-☆でも教え込まれたラテン語の賛美歌60年近く経っても覚えているものですね。意味の方はすっかり忘れました。

さてどうしても神に祈らなければならない事態になったら私はどの神を心にえがいて祈るのかしら。。。

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私は知らなかった。。。

つい先日も新聞で見かけたわが郷土料理〔せんべい汁〕 ここのところ新聞やテレビでよく紹介されています。聞くところによるとせんべい汁の歴史は旧く200年以上も前にやませ飢饉のため保存の効くせんべいを汁物に入れたのがはじまり。今では八戸市周辺に2百件近いせんべい汁のお店があるということです。

なのに私はせんべい汁など見たことも聞いたこともなく郷里を出ました。母がこれを食卓にのせたことなど一度もなく、せんべいやの子恵子ちゃんの口からもせんべい汁という言葉を聞いた事がない。南部せんべいにはゴマを表面にまぶして焼いたもののほかに、たしかに何もいれずに白いまま焼いたものがありましたが、これだって水あめをぬっておやつとして食べたものでした。テレビや新聞の説明によると豚汁のようなものにせんべい汁用に焼いたものを割って入れるということ。知りません。ひっつみという水団に似た郷土料理ならよく食べましたが。。。やませ飢饉の時代確かにあったこの方法〔せんべい汁〕を市のアピールにグルメ時代の今着目したのではないかと思います。

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昭和の駄菓子や

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三大ニューストップは・・・

やはり5月に立ち上げた当ブログです。

以前にも書きましたが閲覧者がいなくてもいい、いやむしろ誰も見てくれないほうが好き勝手なこと、特に他人の悪口三昧を思う存分書けるわぃという不遜な気持ではじめました。気がつけば結構な閲覧者。のツッパリにもならないと言った頭の悪そうな元オリンピック選手の言葉もありますが、私のブログはまさにそれ。見てくださる方に申し訳なく思い、少しはまともな事を書こうとするのですがいかんせん内容の乏しい人間、ない袖は振れません。だがここだけの話、最も閲覧者が多かったときが悪口三昧のときでしたよ^^見てくださる方のためいい子になろうとして悪口を慎んだら閲覧者が減りました。

ブログをはじめて良かったと思う点・・・  視界が広くなった。ブログ内で優秀な知人ができた。記事を書くとき多少は考えるのでボケ防止につながる。

悪い点 ・・・本を読む時間が少なくなった。

年甲斐のなさ内容のなさをほぼさらしてしまいましたが、それさえ本人気にしなければまだまだ続く当ブログです。宜しくお願いいたします。

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有明山   サムホール

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むりやり3大ニュースⅡ

今回も当たった話です。

私がアトリエに篭っていたときのこと、大きな音がして家が揺れました。何ごとかと一瞬思いましたが、家の前の国道でまた事故でもあったのだろうと思い、野次馬根性も失せた今日このごろ、そのまま仕事を続けました。少ししてなんだか外が賑やかです。二階の窓から下を覘くとなんと我が家の前にパトカーが!!あわてて外にでてみると家の塀に車が激突、脇が剥がれて転がっています。道路標識が根元から折れていましたが塀はちょっと傷がついただけでたいしたことにはなりませんでした。運転者は事もあろうにD自動車会社社員。本人に怪我はなく人的被害0がなによりでした。狭い団地内を何をそんなに急いでいたんでしょうね。夕方になって上司ともどもビール1箱もってお詫びに見えました。

我が家の3大ニュース第2位です。Img_2318

不謹慎ながら写真をこっそりsmile

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無理やり3大ニュース

年末には新聞紙上に10大ニュースが発表になりますが、老夫婦2人の生活は日々がただ矢のように過ぎていくだけで特にニュースになるような出来事もありません。あるとすればいいことのわけはなく、それをおもえばむしろべったり平凡な日が過ぎてくれるのがありがたいくらい。しかしむりやり思い返してみると全くなかったというほどでもありません。そこで今年我が家に起こった別にどうということのないニュース第3位。

我が家で40年以上愛読している〔というか惰性です〕Y新聞販売店で、購読者に近場のレジャー施設への招待券を抽選で当たるというサービスをしています。私は温泉好きなのでそれを狙ってハガキを出したのですが、当たったのは群馬サファリパークの招待券。動物園もたまにはいいだろうと出かけましたが回りはほとんど子供連れ。当たり前といえば当たり前です。自分の車で入ればよかったのですが、園のバスに乗って説明を聴きながら回りました。爺婆2人だけの動物園めぐりというのもかなり恥ずかしいものでした^^ゞ

こんな事がなぜニュースかというと わが夫婦揃って籤運が悪いのです。こんなものでも当たった!というのが大ニュースになるんですね^^

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しつこい雑誌社

ここ4日ばかり毎日のようにある美術雑誌社から電話が入ります。美術雑誌も多いですから絵を描いていれば誰にでも〔わが社の雑誌に絵の掲載を・・・〕と電話があるのは普通のことですが、今回はちょっとしつこすぎて不快というより怖い思いです。一流雑誌社だと電話での対応は無駄な言葉はなく紳士的で物言いがほぼ此方と対等です。がやたら低姿勢で此方を延々もち上げる言い方は要注意。今回の電話がそうでしたのでまずその気がないということをいいました。また同じ話し繰り返すので〔今忙しいからきりますよ〕といって電話を切ると翌日又かかって〔昨日はお忙しそうでしたのでかけ直しました〕と。。。またその気がないから電話は無駄ですといって切ったところ又翌日〔書類を遅らせていただきました〕と電話。翌日には〔書類を見ていただきましたか?〕と。

○○詐欺の怖い連中が美術雑誌社へ流れ込んでいるんじゃないでしょうね。。。

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秩父市で見つけたユニークな石像

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どのような展開に・・・

我が家の筋向かいになかなか色っぽい母子がいます。母のほうは若い頃なかなかの発展家〔死語でしょうか?〕で、外で自分の魅力を振りまいては男どもを夢中にさせ、妊娠も1,2度ならず。。。さすがにここへきて容色が衰えたか外で出る事が少なくなりました。娘、年のころは16,7というのに生意気にも過って母に夢中だった男達を手玉に取っている模様。。。活発に外で遊びまわる娘が心配で母親はよく家の玄関先まで出てきては娘を探しているのを見かけます。私が台所にいるとそのすぐ脇のブロックの上を娘が魅力的なお尻を振りながら通っていくのですが、その後には最近目つきの鋭い男がついていきます。過ってこの子の母親の恋人だったはず。。。う~んどういう展開になることやら。。。

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大年増の母

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番茶も出花noteの娘

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男って弱いⅡ

昨日の〔男って弱い〕に関連したことをもう少し。。。当ブログですっかりおなじみになったY様がコメントで〔男は血に弱い〕というコメントを寄せられました。そのことを証明するようなひとりの男性を思い出しましたので〔弱い男〕のことを記事にします^^

私の実家の職業は船のスクリューなどをおもに作る鋳造所でした。従業員が数名いましたが、そのなかに岩さん〔岩館さん〕という当時25歳の男性がいました。岩さんはいわゆる偉丈夫、今思うとトキオの長瀬君に似てなくもないということで近所の若い女性の目を惹いていました。10代の私も岩さんには密かな思いがあったのは確かです^^

昔はよく〔鍋にでもしてくれ!〕と鶏を生きたまま持ってきてくれるご近所がいて、それをさばくのはやはり男達の仕事。。。数名のなかの誰かが鶏をさばくのをなんとなくみな立ってみているのですが、そのうちひときわ長身の岩さんが崩れるように倒れてしまうのです。まさかこの屈強な男が鶏をさばいているのを見ただけでふらふら倒れてしまうなんて誰も思いもしません。皆に冷やかされたのはいうまでもないこと。その後も数回そんな事があったらしく、またか!ということで誰も取り合わなくなったのでした。私までもが〔なんと不甲斐ない・・・〕と思うようになりました。ある日のこと岩さんは仕事中指を負傷、片手で抑えた指が血だらけです。真っ青な顔で母屋に手当てを受けに来ましたがそのまま倒れてしまいました。彼は赤い血に対して過敏に反応する体質だったのですね。^^

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伊香保

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男って弱い。

今日、新聞の文芸欄でこのや短歌が目にとまりました。↓

〔臨終の時に遅れるいたみより最後の母に会うことの怖れ〕 石岡市 小滝洋

この作品を見てふと実家の兄の事が思い出されました。以前も少し触れた事がありましたが,長兄はじつに体裁を尊ぶ人間です。女5人男3人の長男として責任と威厳を持たなければならない身ですから、その自覚を持ったときから、特に女どもには少しの弱みも見せてはならじと思っているふしがありました。長兄が50代半ばの頃、母がすい臓がんに倒れ、そう長くはないと知らされても家族と一緒に母を見舞うということが極端に少なく、用事ついでに一人で見舞っている様子と嫂に聞いてなんと薄情な人だろうと思ったものです。しかし頑ななまでの長兄の虚勢が我等姉妹の目前でもろくも崩れてしまった日が愛娘の結婚式当日。身も世もない長兄の涙顔に見ている私達の方が鼻白む思いでしたが、そういうことがあってはじめて逝く母をなかなか見舞いができず、行ってもわずかの時間しか病室に居なかった兄の気持がやっとわかるような気がしました。彼は病室で女達と一緒に涙を流すというのも嫌だったようですが、母が逝くという現実に直面するのが怖かったのだと思います。このような場合男は女よりはるかに弱いものだと知りました。

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上州の名峰 荒船山 山の形をしてません^^

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暮れは忙しない、とは云いながら・・・

暮れは嫌ですね。なんとなく落ち着かない。。。家にいると家の中の掃除を順にしなければならないし年賀状、デッサン会の予定表、その他の印刷物などやらなければならないものが頭に浮かび落ち着きません。さっさとやればいいわけですが、ぎりぎりまでやらないのがいつものパターン。で、どうするかというと、冬枯れの魅力的な野山に連日出かけてはスケッチ三昧。^^ゞせわしない気持とは裏腹な行動で、2日前行った妙義山の帰り、あちこち写生スポットを探しながら帰りますのでいい場所が見つかるとこれまたすぐに行かないと落ち着かない。というわけで同じ方向へ日参するわけです。  早い話暮れは落ち着かないといいながら私の場合一年中でで最も暢気な日々を過ごしていることになります。coldsweats01   

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梅の蕾がかなり膨らんでいます

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上達できません!

今日はクロッキー勉強会があって隣県K町まで出かけました。〔ちょっとみて下さい〕と後輩が言いますので見にいったところ出だしから上手くいっていません。何度も何度もアドバイスをしていることです。〔ここで描くだけでは駄目だから家でも出来るだけものを観て手を動かす練習をしなければ駄目〕というと〔家ではやる事があって。。。〕〔忙しい合間をぬって少しでもやると違うわよ。時間が全くないということがないはず〕〔でも編み物してるから。〕・・・いいかげんにせぇ~よ!!pout

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所要時間 15分

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我が家はよそ様と違う。。。

昨日いつものようにブログ上で親しみを感じているY様をお訪ねしたら、〔口座振込み〕というシステムになったせいで世の亭主族の地位が低下というようなことを書かれておりました。自動振込みの中から奥様にお小遣いを頂くようになられたとか。。。日本のサラリーマンのご家庭のほとんどは今でもこのスタイルではないかと思います。が我が家は別。新婚当時の1、2年は私が世の奥様同様夫のサラリーを袋ごと渡されていましたが、いつごろからか夫から必要な額を手渡されるという様式になり今に至っています。ですからほぼ新婚当初から我が家の家計の管理はすべて夫がしているわけです。少しも不便がないばかりか、私は数字が関わることはすべてにおいて苦手、反対に夫は数字が大得意で能力の法則にしたがえばこれが当然な訳です。おかげで私は家計が苦しいとか、夫の給料が少ないとかの切実なことを知らずに済んできました。子供がなかったから出来たことだと思います。夫は時々現在の我が家の財政をこと細かく私に知らせますが数日すると忘れてしまう始末。良きか悪しきかは別として伴侶を飢え死にに至らしめることさえなければ、夫が自分で稼いだお金をどう使おうが勝手というものです。ただ夫に万が一のことがあったら私慌てるでしょうねぇ・・・考えない考えない。。。coldsweats02

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若作りのおっちゃんとお昼ですnote

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発掘?

今日テレビを観ていたら小学生が白亜紀の海老の新種の化石を発掘したとか。。。初めて発見された化石の海老に発見者の名前がつけられ貴重な発見物として研究、保存されるそうな。。。快挙ですね。

私の場合、それほどの発見ではないことをお断りしておいて・・・。でも自分にとってはこれを見つけたときには小躍りしました。信濃、妙高山を正面にして小高い茂みでスケッチ中土の中になにやら白いものが見えます。鉛筆で掘り起こしてみたところ小動物の頭部の骨でした。すっかり骨になっていて見たところ損傷がなく綺麗で愛らしくさえ思えました。夫にビニールの袋に入れてもらい家に持ち帰り大事なコレクションの仲間入りです。骨はその後たびたび展覧会用の大作に点在として好んで描き入れました。自慢のコレクション箱を後輩に見せたところ〔わっ!気持悪いbearing〕とぬかして私の気分を害しました。気持悪いかなぁ・・・?↓

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何の骨でしょう。解かった方教えてください。

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その他のコレクションnotes

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浄月庵

軽井沢 塩沢湖の近くに明治の文豪 有島武郎の別荘〔浄月庵〕が在ります。有島武郎が波多野秋子と情死したかの別荘です。旧軽井沢三笠にあったものを移築し現在は二階が喫茶店になっています。賑やかなショッピング街とは反対方面の、静かな佇まいの中にあって、ゆったりと読書などできるようテーブルの上には有島をはじめその時代の文豪の本が設えてあります。明治の建造物らしくこじんまりとはしていますが重厚で調度品も趣があり、有島が生きた時代に思いを馳せる事が出来ます。

しかし、軽井沢には堀辰雄 野上弥生子ら多くの文豪の書斎があり、それぞれ保存管理されていますが、有島武の別荘だけがなぜ喫茶店になっているのでしょう?次回行ったときに理由を聞いてみましょう。。。

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上州名物焼き饅頭

私が画材を買いに隣県へ行く途中に、北埼玉、群馬地方で名物のやきまんじゅう屋があります。店構えはいかにも旧く前々から一度のぞいて見たいと思っていたのですが今回初めて立ち寄ってみました。やきまんじゅうは焼きたてがいのちですから客の顔をみてから焼き始めます。店主がまんじゅうを焼いている間、例によって会話好きの夫がいろいろ質問攻めです。店主の話では十数年前からめっきり客が減り、江戸時代から16代続いているこの店も閉店の憂き目を見るのが間近とか。。。後継者もなく60代の店主が一人でお店を細々とやっている状態です。断って中を覗かせてもらうと、まんじゅうの細工場はなるほど江戸時代を彷彿とさせる雰囲気。古いかまどや道具をいまだに使って昔ながらのやり方で商品を作っているようでした。私が今住んでいる市へ越してきた頃は町にも2,3軒焼きまんじゅう屋が在ったのですがとうの昔になくなってしまいました。このお店は頑張って持ちこたえているようです。もう今の時代の人にはこの食べ物は受けないのでしょう。しかし なにかイベントがあるときなどは焼きまんじゅう屋に行列が出来るほどですから不思議です。売れる店もあるんでしょうか。。。

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鏡の顔とは違うんです!

ごくたまにですが肖像を描いて欲しいという方がお見えになります。私の発表作品が人物が多いせいと思います。その場合先にお断りするのは自分は肖像画作家ではないということをはっきり伝えます。

3年前位前、ある母子がみえて娘さんが成人になった記念に肖像画が欲しいので絵を描いてもらいたいとおっしゃいました。10号に娘さんの坐像を描き始めたのですが、このお嬢さんかなりの今風美人。自分がより美しく見える表情をよくご存知で、微笑顔でじっと此方を見ていますので〔普通のお顔でよろしいですよ。〕といってもその表情を描いてもらいたいらしくやめようとしません。腕に自信のある画家はどうか知りませんが、私の腕ではこのあいまいな表情を描くのは至難の業。笑った絵が少ないのはその筋肉まで描くのが難しく大概は絵として見劣りします。でそのことを丁寧に説明しやっとやめていただいて描きはじめてのですが、途中お母様が何度ものぞきに来ます。アトリエの照明は絵画用のもので陰影が強く、家庭の照明のようではありません。暗い下地の色にぽんぽん絵の具を置いていく描き出しなので、顔に普段見慣れない陰影が残ります。美しいお嬢さんのお顔がしみやクマが出来たように下地の色が残るのでお母様の様子がなんとなく落ち着かなくなりました。絵の具の渇きを待って又来ていただいても前回の続き。油絵はすぐには完成しないということは伝えましたが、絵の中の娘さんが想像通り美しくなりそうも無いと思ったのでしょう、3回目にはお母様から電話があって〔娘が大学の近くへ部屋を借りたのでしばらく休みます。帰ったときに又うかがいます〕と電話がありそのままになっています。sad

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フェルメール 真珠の耳飾の少女 又は青いターバンの少女

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初々しいモデルさん

昨日は2回目の個人デッサン会。

デッサン中私は会話を交わさない方ですが、それでも途切れ途切れの会話の中で判ったことは、このお嬢さんなかなかの才媛らしいのです。大学生のかたわら英語熟の講師のアルバイトをされているとか。。。大きな目に特徴のある幼顔ですがいかにも賢そう。。。昨日の〔賢い人〕とはうってかわって好ましい賢さです。自分の祖母といっていい年齢の私に若い人にありがちな壁を作りません。私のづけづけした物言いにも臆するふうもなくむしろ面白がっておる様子。好感度up  仕事が終わりコーヒーに全く不釣合いな落雁をお出しした所、このお嬢さん〔あの・・・これ1つ頂いて帰ってもいいですか?お母さんにも食べさせたい。。。〕もう、年寄りの心をつかんじゃって・・・heart02 もちろん本人には何の他意もないのですがこれには一本やられました。素敵なお嬢さん、ご両親の育て方の賜ですね。

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ざっと色を置いたばかりの絵の具デッサンですが、これからの仕上がりが楽しみ♪他2枚のデッサン。

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賢い人

画友Hと接した人は誰もが〔彼女は賢い〕と言います。私もそう思います。でも正直言えば私Hが苦手。彼女の前では余りバカな話はできないし生真面目な正論にごもっともとうなづかなければなりません。楽しい馬鹿話は出来る雰囲気でなくなります。昨日用事をかねてHを含め3人我が家へやってきましたが、皆のどうでもよい世間話にも最後を引き取って〔それはこういう事なのよ〕といちいち注訳を入れるので話がそこでぷつりと切れてしまいます。その悟りきったかに思える顔は少しも幸福には見えず、賢さと引き換えに幸せ感を手放したかに見えなくもありません。私などいま少し賢くなる必要を感じますが、幸せ感と引き換えになるのなら賢さの方はご辞退申し上げたいと願います。Mさん Iさん 今度は2人でいらっしゃい。。。〔ちょっと大人気ないかなcoldsweats01

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残せなかったラーメン

先日、軽井沢郊外の野っぱらで風に吹かれながらスケッチをし、すっかり体を冷やしてしまいました。なにか温ったかいを食べたい、温ったかいものならラーメン!ということで飲食店が立ち並ぶ通りのラーメン店に入りました。店内は狭く、テーブルが5卓で注文の品を運ぶのに通るのがやっとという店構え。夫が〔さすがに軽井沢は寒いねぇ。雪が残っているけどもう何度か降ったの?〕という会話から始まり、受け答えをする店主に〔あれ!オヤジさん、東京の人?〕〔じゃないけど東京に30年流れていた。。。〕〔だろう!言葉ですぐ判ったよ!〕なにせ店内が狭いものだから夫と会話をする店主が目の前に立ったまま。熱いものを食べるとどうしてもティッシュが欲しい状態になります。と、この店主どこからともなくテッシュを数枚差し出します。そのタイミングのいいこと!。つまり夫と会話をしながら目の端で私の様子をとらへているのですね。私はラーメン全部を食べるのは重かったのですが、目の前に店主が立っているので残すわけには行きません。仕方なく全部食べきりました。おかげで翌日まで胃にもたれました。夫の無駄話のせいです。pout

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白川郷の美女

今日の新聞投稿欄に〔お一人様 やみつきに〕と言う題名で私と似た経験をされた女性の記事が載っていました。飛騨高山方面に旅行したときのことを書かれた記事ですが、偶然私も似たような経験を同じでしています。

白川郷が世界文化遺産に認定される数年前に岐阜、富山方面へ出かけた事がありました。白川郷を訪れたとき高齢の女性がお一人で居られるのを目撃。なぜ気になったかと言うと、お見かけ60代ながらちょっとお目にかかれないような美しい方だったからです。夫も気になると見えて〔やぁ、綺麗な人だねぇ!一人旅みたいだね〕と言います。彼女は小柄でか細く、いでたちは紺がすりの作務衣にポシェットを肩から斜めがけ、小型カメラを持っただけの軽装でした。女性はかすかな微笑を浮かべていて一人旅を楽しんでいる様子がうかがわれます。そうしているうち思いがけず言葉を交わすチャンスを彼女の方から仕掛けてきました。合掌造りの中を見学中つと近寄ってきて〔すみません、シャッターを押していただけません?〕もちろん夫は大喜びでカメラ受け取り、かるくポーズに注文を入れながら撮って差し上げました。私は夫が例によって品のない軽口を言い出すのではないかとはらはらしましたが、女性の気品と美しさに気圧されたのか余計な戯言は言えないようです。〔お一人ですか?〕と聞くと女性は〔一人が一番いいですわ。こんなおばあちゃんと一緒に歩く人もおらんし。。。えぇなぁ、仲良くお二人で。。。〕というのでした。〔おばあちゃんだなんてとんでもない!お美しいですねぇ!〕と私は思わず本音が出ました。彼女は軽く笑って〔まぁ、70にもなってそんなこといわれるとは。。。〕と言うので驚いてしまいました。私には60代前半としか思えませんでしたから。。。

たったこれだけの出会いですが、なぜかいまだにこの女性の事が我々夫婦の話題に上ります。現在私は白川郷で出会った美女と同じくらいの年齢になりましたが、改めてあの美しさは神業としか思えないのです。

〔一部訂正  無知、うっかりの為あらぬことを書いていましたので削除訂正いたしましたm(__)m〕

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鬼石町 神流湖

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道具を忘れた!

数日前から遠浅間が真っ白に雪化粧をはじめました。天気予報とにらめっこをして上々の晴天の今日軽井沢までスケッチに♪。北アルプスが一直線に眺められる佐久平ICまでわざわざいったのに此方は天気が良すぎでぼんやりしか見えませんでした。ま、いいでしょう、私には浅間山が待ってる^^♪ということでいつものポジションへ。。。新雪に輝く浅間はふくよかな稜線でなんと優雅なこと。魅力的だがかなりの気難しいモデルです。

さて道具を・・・・な、ない!!!  何もありません。。。しばし呆然。

じつは、常時2冊車に置いてあるスケッチブックその他の用具を、この前描いたスケッチをもとにキャンバスに描き始めた為アトリエに置いたままでした。仕方なく中軽井沢にあるつるやスーパーまで行きなんとか描くものを調達↓これです^_^;

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贅沢はいえません。描ければ上等。。。

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ちびた鉛筆で覚書程度のラフスケッチ^_^; それでも入念に5枚ほど。このスケッチを絵にしょうとはふとい了見happy02

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美人市議会議員

最近、我が故郷の名がワイドショーなどで賑やかです。なんだろう?とおもったら、やたら美人の市議会議員が話題になっているとのこと。ワイドショーでみるこの議員はまだ20代という若さで、なるほどカワイコちゃん。。。圧倒的な差で当選したとあります。でもいくらなんでも八戸市民がただ可愛い顔をしているからってそれだけでこの女性を市議会議員に担ぎ上げたわけではないでしょう。なにか優秀な面をもっていたのかしら。。。と思っていろいろ探したのですが・・・なんだかへんなタレントまがいの写真集が目に付くだけ。彼女〔これで八戸に多くの方が来てくれれば。〕などといってますが、みなさん、そこまで物好きではないでしょう。聞けば後援会が解散するとかでなにやら前途多難のようにも見受けられるが野暮ったい色気など謹んで本職に専念する事が肝心。これからは品と知性を身に付けてかんばんなさいよ~~!paper

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鬼石の冬桜

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作品展場で思うこと

秋から冬にかけて展覧会の案内状が山のように舞い込みます。律儀に出かけていると身が持たないので最近は行かざるをえない会場以外は不自由な脚を理由にいかなことにしています。

先日、昔の絵仲間が開催した絵画と焼き物の展覧会に出かけたときのこと。狭い会場で4,5人の中年女性が絵の前に立って会話をしています。会場の中央には大きなテーブルがありその上に焼き物が展示してあるので、女性達が立っているとその先に進んで絵を観ることが出来ないのです。彼女等の何人かはこの展覧会の出品者らしく、観に来てくれた友人に作品の説明でもしているのでしょう。絵を観ながら少し待っていましたが、同じ場所から動こうとせず、聞くともなしに聞いていると、絵とは無関係な世間話をして楽しそうです。これはいけません!今回だけでなく展覧会場でこういう事態ときどき遭遇。ほとんどが女性です。自分の作品の説明がそう長くなるはずはないのであとは無駄話をついでにその場でするというパターンが多いのです。〔すみません、通してください!〕というのも業腹で、そこから引き返してその先の作品を観ずに帰りました。〔本心・・・・どうせ似た絵が並んでるに決まってるpout〕おりがあったら絵画教室の主催者に嫌味の一言をいってやる魂胆( ̄ー ̄)ニヤリ

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高崎観音

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(傷だらけの栄光)を観る

久しぶりに旧い映画〔傷だらけの栄光〕を衛星放送で観ました。1956年制作の白黒フィルムの映画ですが・昔観たはずなのに〔あれ、白黒映画だったっけ?〕と思うほど忘れてしまっています。2度、3度観る映画はそのほうが都合がよろしい^^。9月に亡くなったポールニューマンがデビューしたての頃の映画。 粗野なボクサー役は後の老成したポールニューマンとは別の新鮮な輝きを感じさせます。偶然かスタローンの〔ロッキー〕と役名が同じですが此方は実話とのこと。

物語は貧窟街の手のつけられない不良がボクサーになって栄光に輝くという単純なストーリーですが、出演者が魅力的で制作の旧さを感ぜずに観られました。若くして自殺という手段で命を落としたピア・アンジェりのなんと清楚で美しかったこと。J・ディーンと〔理由無き反抗〕で共演したサル・ミネオがこれまたチンピラ役で出ています。チンピラ役の似合う脇役でしたね。以前観たときには気がつかなかったのですが、なんとスティーブ・マックィーンがチョイ役で出ていました。デビュー前だったんでしょうか。。。懐かしいペリー・コモの歌声のおまけつきheart02

話題は変わりますが、今宵の月の素晴しかったこと!金星と木星を従えた細い月は見方によっては笑顔の様でした。 私に笑顔を見せた後あっという間に雲隠れ。。。コメントを残したことはありませんが稔くん 教えていただき有難うございました^^♪

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思い出の曲  Cさんのこと

時々(二木紘三うた物語)にお邪魔して(ふれあい)という曲を拝聴します。私が40代頃流行った曲のように思います。この曲を聴くとある特定の場所と、ある男性が思い浮かぶのです。

昔、絵仲間とよく写生旅行をしていましたが、画友Kと北アルプスを描きに行こうということになり女二人の用心棒を引き受けてくれた男性Cさんと3人で出かける計画を立てましたが、間際になってKが高齢の母親の体調が優れず行けないとの連絡。仕方なく、早朝に出ると日帰りできるということでCさんと私2人で出発。道路事情の悪い時代だったので国道254の山道を4時間くらいかけて目的地の安曇野に着きました。写生地をあちこち探しいくらもスケッチできないうちに帰らなければならない時間になってしまいました。Cさんはもともと口数の多いほうではなく、帰りの車内はラジオを聴くだけになってしまいました。三才山(みさやま)トンネル付近に差し掛かったときラジオから中村雅俊の(ふれあい)が流れてきました。思いがけなくCさんはラジオに合わせて小さくハミング。私はCさんが歌を口ずさむような方とは思わなかったので意外な感じを受けました。優しく心地よい声だったのを今でもはっきり思い出せます。

その一年後、Cさんは体調を崩し、入院されました。フィジカルな男性だったのに、上腕悪性骨肉種という病に侵され43歳という若さで他界されたのでした。

今は高速が出来三才山トンネル辺りを通ることもこともなくなりましたが、(ふれあい)という曲を聴くとCさんの姿と、一緒に通った三才山付近の夕暮れ時を鮮やかに思い出します。

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その頃のおキヨの勇姿coldsweats01

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