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母子の情愛

私の好きなサイトである〔矢嶋武弘のページ〕の矢嶋様が1月17日に〔悲しみのない自由な空へ〕という題でお書きになった記事に中に、神戸大震災で亡くなった青年がお母様に残した手紙を載せられていました。加藤貴光さんという当時21歳の青年ということです。母親に対する絶大なる感謝と愛情 尊敬が無駄のない文章で美しくつづられていて、〔最後にあなたを母にしてくださった神様に感謝の意をこめて〕とあります。

私はこの手紙に深い感銘を受けると同時に、自分はどのような状況にあっても決して母にこのような手紙は書けなかったろうと思います。母は愛情表現の下手な人というはかりではなく、あまり子供を好まなかったふしがありました。子供が多く愛情の分け前が少なかったという次元のことでないのです。母に愛されたのは長女だけで、私以下の姉妹はおかげで束縛感も少なく自由を得られた利点もありました。母親というのはすべて無条件の愛情を我が子に注ぐものと決っているわけではないと私が母を思い出すとき同時に感じることです。

明日にも人生を終わるかも知れないという年齢に差し掛かった者が書くべきことではないですね。思わぬ脱線をしてしまいました。。。

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雑記」カテゴリの記事

コメント

紹介して頂いてありがとうございます。
この青年の話はともかく、昔の人は押し並べて愛情表現が下手でしたね。明治生まれのうちの亡父は特にそうでした。
感情を表してはいけないというのが、日本人の美徳だったのでしょうか。嬉しくても笑わない、悲しくても泣かないといった感じでした。今の日本は、ずいぶん変わったと思いますが。

投稿: 矢嶋武弘 | 2009年1月20日 (火) 11時51分

私の母も、スキンシップが不得意で、私は抱かれたことも手をふれられたこともありません。お乳も私の時のみ出ないのです。五人のうちで、末の弟だけが愛情を受けた様で、あとの全員は不満を抱いています。これは特殊な場合でしょうか?母より父の方にむしろ母性愛を感じています。父は細やかな気配りのあるひとでした。20年前に死んだ父に毎晩、お父さん、お休みなさい、と言って寝ています。母はまだ生きているのですが、とうの昔に私にとっては死んでいるのですね。

投稿: Bianca | 2009年1月20日 (火) 22時54分

つらつら思いますれば 不思議と母親と娘よりも母親と息子の方が何故か気が合う様でありますな(笑)又父親と息子よりも父親と娘の方が気が合う様であります コレッて何なんでしょうね?(笑)

投稿: 伊藤 | 2009年1月21日 (水) 00時01分

矢嶋様

私の父も明治の人間そのものでしたね。子供に笑顔を向けたことのない人でした。当時はそういう父親像がごく一般的のようだったので父に対しては特別な悪感情は持ちません。

母のこととなると恐ろしいことを書きそうなので止めておきます^_^;

投稿: おキヨ | 2009年1月21日 (水) 00時04分

Bianca様

貴女の場合お父様がおられて幸せでした。
私は父母の姿形と共に暮らしはしましたが幼い時分ですでに親離れしていましたよ。小学校へ上がるときには親に愛情面で期待するものはありませんでした。物質面ではお世話になりました。

母が亡くなるとき彼女の愛した長姉は頭痛がするとかで寝ていて死に目に会えなかったし、一番泣いたのは私です。皮肉なものです。

これでわが姉妹は皆嫂を母のように慕った意味がお判りでしょう^^

投稿: おキヨ | 2009年1月21日 (水) 00時25分

伊藤様

世間ではよく母と息子 父と娘といいますね。
私の兄弟も父には淡々とした感情しか持っていないようでしたが老いた母を労ったのは兄達でしたね。男にとって母親とは絶大な存在なのですね。

また長兄は娘が結婚するときみっともないほど取り乱しました。〔苦笑〕

無意識ながら性愛的なものが潜んでいるのでしょうかねぇ。。。子のない私にはわかりかねます^^

投稿: おキヨ | 2009年1月21日 (水) 00時40分

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