« 昔はみな貧しかった | トップページ | 玉置浩二さんから脱線 »

にわか成金

昨日はみな貧しかった時代を書きました。その後に書きづらいのですが正直に。。。

戦前は我が家も平均的な貧しさでしたが、戦後は状況が少し変わりました。父の家業は鋳造所でこの職業は田舎では少なかったようです。戦後近くの三沢市にアメリカ軍が駐屯し我が家に仕事を頼みに来るようになりました。今でも思い出すのは見た事もないような大きなトラックが狭い道をふさぐようにして入ってきてはお向いの低い屋根のひさしをバリバリと壊すのです。それはすぐにお金で解決されたようでとくに問題にはなりませんでした。またアメリカ軍のすることを問題視する時代でもなかったのです。鬼畜米と戦前言っていた国の仕事を請け負って我が家は家を新築し、いち早く大きなテレビや近代的な家電を購入。姉と私は中学から月謝の高いカナダ系ミッションスクールへとにわか成金むき出しのいやらしさです。貧乏ゆえ里子に出され苦労を余儀なくされた父親が思いがけなく生まれてはじめて豊かを手にしたわけですから有頂天になるのも今では判らないではありません。がそれもわずか10年ぐらいでしょうか。世の中が高度成長期になり東北の田舎にも大手企業が進出、たちまち工業地帯が出来上がり、町は近代的に様変わりしました。そうなると我が家のような小さな個人企業はひとたまりもありません。我が家にとって最も良き時代だった戦後10年が夢のように消えうせ、現在はその残骸のような旧い家だけがよろける様に建っています。父がその憂き目を見ずに他界したのがむしろ幸いというものでした。

去年実家へ帰り作業場を覘くと、一時にせよ楽な暮らしが出来た鋳物作業場は電気もつかず昼というのに薄暗く、当時暮らしを支えた道具達がひっそり並んでいました。

115_1553

当時の坩堝〔るつぼ〕鋳物に使う用具です。

|

« 昔はみな貧しかった | トップページ | 玉置浩二さんから脱線 »

雑記」カテゴリの記事

コメント

おキヨ様。。。sun
雨が今日は休むそうで。。。よかったです。

沖縄の知人が言っていましたが。。。沖縄でも
基地で働く人とそうでない人の間は貧富の差が
あるようです。
人間はそのような"思い"の中で生きて行くように
それも学びの一つなんでしょうか?

投稿: sunday | 2009年2月26日 (木) 07時41分

え~っと? 写真の中に三つ並んだもの、コレはいったい何なんでしょう?
もしかして、湯注ぎ(熔鉄を鋳型に注ぐ)の時に使う器(うつわ)でしょうか?

投稿: 伊藤 | 2009年2月26日 (木) 08時33分

Sunday様
此方も曇天です。気温は低くないのでいいのですが温暖化が如実ですね。
基地のある地方は何処でもその傾向はあるようですね。しかし私はまだ子供だったのでよく判りませんが昨日までの敵に表面きって施しを受けている我が家を他の方はどう思ったでしょうね。
今となっては知る由もありません。

投稿: おキヨ | 2009年2月26日 (木) 11時45分

伊藤様

そうです。
これは鋳物に携わった人間でなければなければ判りませんね^^ゞ
これは鋳物の型を取るときにどろどろに溶かした液状の火の塊を流し込むものです。
じつは子供の頃作業場に女子供が近づくのは厳禁だったので詳しくはわかりませんが。。。coldsweats01

投稿: おキヨ | 2009年2月26日 (木) 11時54分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 昔はみな貧しかった | トップページ | 玉置浩二さんから脱線 »