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寂れゆく商店街

昨日桐生市へ出かけた話を書きましたが、続きます。

桐生市に入るとメーンストリートは軒並みシャッターが閉まっているので、〔今日は骨董市があるので商店はお休みかしら?〕と思っていたのです。午後1時を回ったので街外れのお蕎麦屋さんに入りました。客は私達だけで、愛想のよい女将さんが〔あいにくの天気になりましたねぇ〕というところから始まり、例によって話好きの夫が受けて骨董市の話などをしています。〔商店が閉まっているようですが今日は定休日・・・?〕と云う私の話を途中で受けて〔そうじゃないんですよ。みな廃業になったり、よそへ越したりなんです。商売にならないんですよ~!〕そこへ店の主人も奥からみえて、店内のストーブを囲み4人で談義となりました。〔お向いもね、あの豪邸を売りに出してるでしょう。でも買い手もつかないんです。〕〔こう不景気じゃ誰も町へ買い物にという気も起こらないようで、残っている店も商売になりません〕〔うちもこんな状態ですからいつ店じまいになるか。。。〕そんな会話の割には女将さんの声の明るいこと。。。delicious こういう方はどんな深刻な話をしても朗らかな会話に聞こえます。。。^^

桐生市は織物で栄えた街で、私がこの地方に越してきた当時はその豊かさを充分に残していました。格式ある建物が多く、ゆったりとして街ぐるみ裕福な雰囲気が感じられたものです。それだけに現在の街の様子は痛々しい限りです。しかし考えると他県の街を気の毒がっている場合ではなく、私の住んでいる商店街も全く同じ状態。日本中の商店街は今同じ憂き目を見ているようなんですね。きっと時代の変わり目なのでしょう。。。

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なんとも云いようがありません。。。

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通過する車は多いです。

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山懐に抱かれた美しい街

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よき時代の名残ある建物

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雑記」カテゴリの記事

コメント

えっ、もしかして以前すれ違ってた?
大川美術館は行った事があるし、骨董市も何回か行きました。ずんぐり系がいたらそれが私です。
桐生にお住まいだった事もあるなんて、「意外」と群馬に縁がある(あ、この言葉は若者にはキケン?)

投稿: バルおばさん | 2010年2月 8日 (月) 00時59分

バルおばさん様

テリトリーが非常に近い貴女と私、絶対どこかですれ違っています!ほら、いつだったかあっと驚く美貌の女性とすれ違ったでしょ!あれがワタクシに間違いありません。私だって〔うん!?小癪な!向こうから楊貴妃とみまごう女・・・eye〕と思ったのがたぶんバルさんでしょうsmile

おっと、紛らわしい事を書いてしまいました。私の〔この地方に越した〕というのはかなり広範囲のこの辺りと云う意味で桐生には住んだ事がありません。近くですけど〔人によっては近くも無い〕。。。^_^;

投稿: おキヨ | 2010年2月 8日 (月) 11時11分

おキヨ様gemini
震災の所為で街が衰退していると思っていましたが
栃木のブロガ-さんも街が衰退していると言っていたので
全国区なんですねぇ?
この現象はweep

投稿: sunday | 2010年2月 8日 (月) 11時52分

Sunday様
東京下町の商店街、たとへば巣鴨の高齢女性に人気の商店街や日暮里の谷中銀座などは元気なようですが、総体に昭和時代元気だった商店はいまや危うい状態のようですよ。違う形の大きなマーケットが出来たせいかと思います。こうして時代は移り変わっていくのでしょうね。。。

そちらもやはり同じようですか?私の暮らす処は中山道で昔の蔵が一杯あるのですがそれが壊されていくのはみるに忍びないですweep

投稿: おキヨ | 2010年2月 8日 (月) 12時15分

時代の流れなんでしょうね。
私も群馬や栃木などは昔 車でよく通りましたが、最近はほとんど行っていません。埼玉県内はわりと行きますが。
桐生のこの寂れ方は酷いですね。どうやって町興しをするのでしょうか。どこもこんな感じでしょうが。

話を変えましょう! 私は秩父辺りはよく行ったのですが、以前、素晴らしい美人が風景画を描いていましたよ。吉永小百合か佐久間良子のような美人でした! あれはもしかしたら、おキヨさんではなかったかしら・・・たぶん、僕は絶世の美人・おキヨさんとすれ違っていたのでしょうねheart04

投稿: 矢嶋武弘 | 2010年2月 8日 (月) 17時06分

矢嶋様
この商店街の他に新しいショッピングタウンでも出来ているのならまだ救われますが、どうでないなら悲惨な状態です。
所沢のほうには大きなアウトレットが出来て他県からもお客があるようですね。。。昭和は遠くなりにけりというところでしょうか。。。

話題が変わりまして。。。
そういえばあの時、光源氏のような殿方がワタクシの脇をお通りあそばしたような!あのお方が矢嶋さんでしたか。一声かけてくだされば二人の運命も変わっていたことでしょうに。。。

ハイ、乗りのいいお婆でございますlovely

投稿: おキヨ | 2010年2月 8日 (月) 19時17分

何処も彼処も旧商店街と言うべき街並みは壊滅状態ですねぇ・・私の田舎の商店街さえも店ごと取り壊しての平地が目立つ有様です。

街の中心と言えるべき商店街の勢いの無さが連鎖を生み、店の改築修繕を担うその地域の大工及び諸々の職人さん達の勢いも下がる一方です・・「他人様が儲かってこそ、わたし共が儲かる」、そういう原理が崩れて行くばかりです。

それから、消費者の廉価志向も何故かしら不況の一因ではなかろうかと私は密かに思うのであります。

投稿: 伊藤 | 2010年2月 8日 (月) 22時24分

伊藤様
ほんとうにひどいものですね。だいいち人が歩いていません。ゴーストタウンそのものですよ。私の住む町も同様です。
〔他人様が儲かってこそ・・・〕まさにその通りですね。
経済が上向きにならなければどうしようもありません。この不景気はちょっと怖いようですね。

廉価志向、これは云えますね。
たとえば家具ひとつにしても昔はいいもの、つまり高いものを欲しいと思ったものですが、今は通販などで買うらしく、私の街には数軒あった家具屋は今一軒もなくなりました。着るものにしても同じです。

投稿: おキヨ | 2010年2月 9日 (火) 00時50分

かつては賑わっていた商店街が衰退の一途を辿る現象は全国至るところにありますが、桐生市はとりわけ顕著だと思います。
私が高校通学していた半世紀前の桐生は今の姿と全然違っていました。
主力産業だった繊維業が全盛時代で、市の中心街の「本町通り」など人通りが多く、実に活気に満ちて賑わっていました。
繊維産業が次第に後進国との競争に遅れをとるようになり、モーターリゼーションによって郊外に大型ショッピングモールが出現して商店街が活力を失い、高齢化で人口が減少し、気がつけば手の施しようがない状態になっていたのですね。
再生の道は見出せるのでしょうか。
古都・桐生市の・・・。

投稿: 風花爺さん | 2010年2月 9日 (火) 06時42分

風花爺さん様
風花さんに対しては上の映像は心無い事をしたような思いです。
私がはじめて桐生を訪れたのは昭和40年代でしたが、まず橋から見える遠望の美しさに心魅かれました。町並みは整列でそれぞれ商店としての風格がありましたね。
日本屈指の織物産業の地としての誇りが漂う街と感じたものです。

このような雰囲気は一度壊れてしまうと元には戻らないでしょうね。それが時代の流れというものでしょう。。。惜しいですねぇ。

投稿: おキヨ | 2010年2月 9日 (火) 11時44分

おキヨ様、こんにちは
 拝見していて、大きな焦りを感じました、これは全国的な現象のようですね。。。
国の人口は別に変わりなく多いのに、何と言うことでしょう!
「お金を使いたくない」減らしたくないという気持ちが、定着してしまったようですし、準じて伊藤様のコメント「廉価志向」にも一因があると、同感ですね。

街に活気のあったあの頃が良かったですね、どんどん家が建ったり、ビルが建ったり、高校生は就職が一人に7社もありましたよ、今は一人に1社も無いのですから...多分大學を出てもでしょう..

景気を冷やさないよう、良い知恵を出して日本を
盛り立てて欲しいものです、旅行とかお洒落とか
出来ることから一歩を踏み出して...

投稿: ミコちゃん | 2010年2月 9日 (火) 16時11分

ミコちゃん様
ミコちゃんはお商売をなさっていますので人事ではありませんね。そちらではこのような兆しが無いということは商店の方々は結束して時代の波に押し流されないよう頑張っておられるのではないでしょうか。また条件の違いがあるかもしれません。

不景気ムードに最も敏感なのは主婦の財布だそうですcoldsweats02まっさきに奥様方の財布の紐がしっかりと固く閉じられる→不景気が進むという構図。。。

一番深刻なのは就職難ですね。。。
こうなると能無しの政治家達を恨みたくなります。
この状態を打破する事に頭を使ってもらいたいですね。

投稿: おキヨ | 2010年2月 9日 (火) 19時09分

同じような光景を、故郷大阪でもみかけます。友人が細々と家族で経営しているお花やにたずねにいったところ、軒並み閉められているシャッターに「今日は商店街は定休日なのかな」と言ってしまいました。
痛々しいですが、どうやって地域を活性化できるんでしょうね。

せめてもと、「もうけてや」という私のお花の注文に、御代を上回るであろう豪華な切花を包んでくれた友人に涙がでました。

こういう正直なお商売をなさる方々のお店こそ、シャッターを閉めずに残って欲しいのに。

投稿: ひかる | 2010年2月10日 (水) 00時11分

ひかる様

やっぱり大阪辺りでもそうですか。。。お友達がその商店街にいらしたらそれは辛いですね。私も気は心でお話をしてくれたお蕎麦屋さんでお蕎麦のほか蕎麦しるこというのも頂きました。これしか出来ないですもの。

全国的に商店街はもうどうしようもない所まできているのでしょうか。
それぞれの商店街で必死の復興を試みている所もあるようですが成功した話は聞きませんね。。。


投稿: おキヨ | 2010年2月10日 (水) 00時47分

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