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お宝だったかも。。。

女ならたいてい好きな〔人生案内〕 私が結婚当時から購読しているY新聞の人生案内もよくもまぁというくらい長期にわたって掲載されていますが、ときどき〔判るなぁ~、私も同じ目にあった!〕という相談を時々見かけます。

7日日付のお悩みは〔訪問するたびに不用品を渡す父〕・・・私の場合義母でした。義母は戦前戦後、深川でカフェーを営んでいたのですが、店をやめてもその膨大な商売道具を後生大事に持っていたんですね。私が新居を持ったときその中から皿、コップ、灰皿 やかん鍋など山ほど貰ったのですが、どれも私の趣味とは違うもの。戦前のものもいいとこ、大正時代のものかなと思うほど旧いものばかり。。。当時私は江戸川にある社宅に住んでいましたので、戦後しばらく経って亀戸に越した義母は足繁く我が家を訪れてきました。ですからその古めかしい食器類を使わないわけにはいきません。癪にさわったのは2年ほどして今の地に転勤となったときそのガラクタを一緒に持って来ざるを得なくなったこと。。。義母が荷作りを手伝いにきて一つ一つ丁寧に包むものですから捨てて来るわけにはいきませんでした。もちろん転勤先では新しい社宅が狭いという理由を盾に大半のものは直ちに捨ててしまいました。義母も此処までは尋ねてきませんから。。。

ところがです。今になって思うのは〔とっときゃよかった!!〕 若い頃には全く興味の無かった骨董品が年とともに徐々に好きになり時々骨董市に出かけたりするのですが、義母から貰った長火鉢や瀬戸火鉢 彫り絵のあるテーブル 赤いガラスのランプ レトロな絵皿などもしかしてお宝ではなかったかと。。。びっくりするほど高額で売られています。後の祭りですね。。。

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かろうじて残したもの

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コメント

へぇ~っ! おキヨ様のお義母さまは東京の深川でカフェーをやってらっしゃいましたか・・つまりはあなたのパパのお母様ですよネ。 私の年代となると
カフェーそのもののは知らないのですが、矢羽の柄の付いた銘仙の着物に日本髪、更にフリルの付いた真っ白なエプロン姿を連想しますよ(笑)

♪好きなあの人もう来る時分
 ナプキンたたもよ 唄いましょうよ・・
そんな歌も知ってはおりますが・・(笑)
しかし深川なんて聞きますと、きっとお義母さまは
いい女だったんでしょうねぇ・・(本題からズレてしまってゴメンナサイ)(笑)

投稿: 伊藤 | 2010年2月10日 (水) 09時00分

伊藤様

そうそう、伊藤さんが想像されますように映画で見るあの世界だったようです。私も旧い写真を1.2度みたことがあります。
義母は小柄でしたが滅法気が強く、辰巳芸者だった義姉〔これがまた凄い^^〕とは犬猿の仲でした。
男兄弟は彼女等に比べると大人しいほうです。

私の夫は幼い時分から白粉の匂いを嗅ぎながら育ったものですから成人してからアレコレはおしてしるべしです(ー_ー)!!

義母と義姉はそっくりの、どちらかといえば今で云う〔かわい系〕だったと思います。
女も花でいるうちは一瞬ですね。二人ともあっというまにくしゃくしゃの婆さんになってあの世に行ってしまいました。かく云う私も同じですcrying

投稿: おキヨ | 2010年2月10日 (水) 11時26分

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