« 大人物の話 | トップページ | お手伝いさん »

書生と篤志家

昨日の記事を書いていてふと思ったのですが、昭和一桁辺りまで〔書生〕と呼ばれる、勉学を本文とする若者がいたのはある年代の方ならご存知だと思います。書生は篤志家といわれる社会奉仕に熱心な人が居ない事には成り立ちません。つまり学徒のスポンサーになるお金持ちなんですね。お金持ちは資産家や1代で立身出世を果たした人たちですから世に還元と云う意味もあって書生を抱えるわけです。書生はあくまで奉公人とは違い勉強を本文とするのですから、住む部屋、食事の心配をすることなく勉強に勤しむ傍ら、わずかな用をたまにするだけいいのです。

篤志家はステータスとして書生を抱えたようですが、見どころのある若者を一人前になるまで面倒を見るわけですから、今思うと昔は太っ腹な大人物が大勢居たのですね。書生は勉強して偉くなることで恩返しになり篤志家もそれで満足な訳です。偉くならずとも〔金返せ!〕ということにはなりません。smile  中にはその家の令嬢と恋仲になり、ちゃっかり婿殿に治まるということもあったようです。たまには奥方と・・・おっと脱線ですね。小説の読みすぎbleah

とにかく書生も大人物もいなくなっちゃったと云うはなし。。。

P1110975

今日は画友のアトリエにお邪魔しました。

|

« 大人物の話 | トップページ | お手伝いさん »

雑記」カテゴリの記事

コメント

あの「金色夜叉」に登場する間貫一も元はと言えば
身寄りのない孤児でした・・それを鴫沢隆三なる人物(宮の父親)が拾い上げて一高まで通い上げさせた・・

方や「婦系図」に登場する早瀬主税も「隼の力」と異名をとる無頼の徒であったのを、帝大教授の酒井俊三が拾い上げて学問を身に付けさせておりますナ

浪子と武男の『不如帰」を別として、当時の三大通俗小説として国民に人気のあった、この二つの物語は、いわば書生と篤志家というものから始まっておりますねぇ・・日本人って、こう云うの好きなんですネ(笑)

投稿: 伊藤 | 2010年6月21日 (月) 08時45分

伊藤様

明治、大正、昭和初期の文学には〔書生〕を主人公または題材にした作品が多かったですね。作家達の想像力をかきたてるなにかを書生という知的輩が持っていたのでしょうね。
大衆小説の主人公という設定からにして書生は堅物だけでは務まりません。必ず勉学の徒を惑わす美女が登場lovely書生はまさに花形的存在だったのでは。。。

現在は無欲で他人に施すことなどありえない時代となってしまいましたね。


投稿: おキヨ | 2010年6月21日 (月) 12時05分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 大人物の話 | トップページ | お手伝いさん »