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好きな記事〔時の余白に〕

打算もはかりごともない、時流に乗らず、したがって主流にもならず、つまり出世にも栄誉にも関心を持たず控えめに生きる。付け加えるなら、この世で業績だの功績だのを積み上げて大きくなろうとしない人、むしろ積みあがらない人。泡の如く消えても、何も残らなくても結構、そういう覚悟の人。 多かれ少なかれ芸術や表現をやる人は泡沫的な要素がなければやっていけない。そういう意味では現今の芸術家の多くは泡沫に程遠い俗人です。〕

〔泡沫傑人列伝ー秋山聖徳太子著、二玄社〕という本を読みたいと思い切り抜いておいた、読売新聞6月26日付け〔時の余白に〕からほんの一部だけ抜粋しました。

〔時の余白〕という欄は芥川喜好氏の記事ですが、毎回素晴しい内容の文章を書かれています。特に美術関係には視野が深く、美術史の専門家でもあるようです。

上記に書かれた内容には思わず顔を赤らめる芸術家も多かろうと思います。私などは俗人の最たるものと顔を赤らめかけましたがその必要はないのです。私、ゲージツカなんぞではありませんから。。。paper

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雑記」カテゴリの記事

コメント

OKIYO14に到達しました。
イエイエ、関心を持っていますよ。
  今日は、素焼きを3人の教室の人たちとやってきました。
  「正直ばあさん」を、アクセスしているはずです。
  NHKが「レンピッカ」の硬質の写実、まさに、デカダンスの只中の作品でしょう。
  先だって、県美の「麗子登場!」下見会に疲れて、見ないままで帰ってきました。
  一寸、失態を感じています。

投稿: 来住しげ樹 | 2010年7月 4日 (日) 20時36分

来住先生
まあ、お仲間の方にこの拙いブログを紹介くださったのですね。有難うございます。そうと聞けばブログのレベルアップを図らねばとも思いますが、ないぞでは振れぬで、相変わらずのままで進ませていただきます^_^;

そうでしたか、レンピッカ展をご覧になれなかったのですね。それは残念な事をいたしました。
しかし兵庫県はハイレベルの展覧会が多いですね。土地柄でしょうか。

投稿: おキヨ | 2010年7月 5日 (月) 00時22分

おキヨさん
長い間「新構造社」という会派に席を置いていました。 地元にその美術団体の委員をされている絵描きさんがいらっしゃったのが機会でした。
 私の友人たちが、地方で絵を描いているだけでは、絵描きのうちに入らないなどと進言してくれたこともあって、知り合いのその絵描きさんに電話しましたら、うちにいらっしゃいと言う。では、と考えているところへ「示現会」の芹生政夫先生からうちに遊びに・・、「行動美術」の貝原六一先生から・・。そのほかにも色んな会派からも、つぎつぎと声を掛けて頂くことになったのです。30歳になる少し前のことだったと思います。
でも、それぞれの会は、どれも同じことと思う程度にしか知識もありません。家が近い、「新構造社」の中川安一先生の誘いに乗ったのが、切っ掛けで、東京通いが、30年ばかり続いたでしょうか。
審査に参加し、仲間も沢山出来ました。何となく、仲間といると快いものだから、ずるずると関わりが続きました。今も関わりを持っている方も多い中、どの会派も大きな違いは無いこと、しかも、研鑽の場であるのではなく、何となく群れている、居易い居場所を求めているような気配に、お世話になりながら失望が深まりました。  人柄はどの先生も素敵でしたが、作品作りは、自分に立ち向かうものです。たった一人で。
などと傲慢なところへ思いが落着して、日本美術家連盟にだけ席を残して置くことにしました。孤立を善しとして今日に至っています。 誰もが通る道なのでしょう。 ステイタスを求めて会員を目指し、審査に関わりたくなり、やがて評価を求める。これとて、ごく自然なこととは思うのですが、その無意味さに気付くと、途端に決断して「孤立無援」の制作活動に変化していって、現在に至っているというのがこのざまです。
  自己弁護を兼ねて、語らずもがなのことを懺悔してしまいました。  ご海容下さい。

投稿: 来住しげ樹 | 2010年7月 5日 (月) 09時05分

来住先生
昨日のコメント勘違いをしてしまい失礼いたしました。ツイッターをはじめられたのですね。フォロー有難うございました。
そうでしたか。どこの団体でも優れた作家は欲しいのはスポーツの世界と同じですね。(~o~)
若いうちは何も判らず、指導者に進められるままに指導者と同じ会に所属というのが最も多いパターンだと思います。このこと事態事情があるということは当初知りませんから。。。
此処では多く語るのを憚られますので書きませんが、結局内面に詳しくなるにつれ疑問、違和感が生ずるのも同じだと思うのです。
結局自分に純粋な作者は、自分の進むべき道を選ぶ事になるのだと思います。

私もある団体に所属中とはいえ孤立無援は先生と同じです。

先生は地元で多いに活躍をされていらっしゃいます。画家として高潔で、その姿勢が作品に投影されるのではないでしょうか。私は自由でまっすぐな先生の心が裏打ちされている作品のファンです。


投稿: おキヨ | 2010年7月 5日 (月) 11時54分

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