« ほめられた結果・・・ | トップページ | 草笛光子さんの白髪 »

紙の書店が滅びるですと!?

今日の朝刊に〔ipadが人気を集め、電子書籍時代の到来が現実味を帯びてきた〕と対談式の記事がありました。それによると、紀伊国屋書店が秋から電子書籍を販売するとあります。文芸評論家氏は〔情報はメディアを変えてゆくもの、当然だと思う。むしろ今まで何をもたもたしていたのかと云う印象だ〕と。。。その他のいろいろ書いてある事はこの際省きますが、私の重大事は〔なに、紙の書店が無くなると!?〕そんなことが私の生きているうちにあって欲しくない。。。

本が紙以外であっていいものでしょうか。紙とインクの匂いとページをめくる手ざわりがなくてもかまわないと本気で思っているわけ!?ここ10年間で全国の書店が6000店消えたそうです。そうですよ、私が長年親しみ馴染んでいた書店が2年前突然閉店、このときはショックでした。

よく判りませんが、マルチコンピュータといわれるipadひとつ持っているとあらゆる書物がそれで読めるのでしょうか?確かに便利そうで安上がり、場所も要りません。我が家は2人で思い切り本を購入できるほど豊でもないし、2人分の書棚も狭い我が家のスペースをとっています。そういう意味ではむしろipadなるもののほうがむいているかもしれませんが・・・。それでも書物の合理主義だけは嫌だな。。。私が嫌がってももうその時代が始まっているということですね。。。

どなたか、これについて旧い私の頭を納得いくように説明してくださいな。。。

P1120011

秩父地方のお菓子です

|

« ほめられた結果・・・ | トップページ | 草笛光子さんの白髪 »

つぶやき」カテゴリの記事

コメント

そんなに書店が減っているとは知りませんでした。
たしかに電子書籍は普及するでしょうが、全てがそうなるとは思いませんね。
紙の本も残ります。昔、ファックスが登場した時、宅配の新聞が無くなるのではと騒がれましたが、そんなことはありませんでした。勿論、新聞の購読者は減っていますが、それは新聞代が高いとか、インターネットが普及したからでしょう。
でも、百科全書の本がずらりと並んでいても、ものを調べるのはまず「ウィキペディア」からですね。
電子時代はそうなっていくのでしょうか。

投稿: 矢嶋武弘 | 2010年7月 6日 (火) 09時35分

矢嶋様
いつものくせで大仰な書き方をしてしまいました^_^;紙の本が皆無になってしまうことはありえないと私も思います。ただこの先いわゆる〔本屋さん〕の形が急速に変わっていきそうな気配です。
今でさえ本屋さんの雰囲気を醸す店が少なくなり大型書店の半分はなにやら別物といった感じで落ち着きませんね。

これが文明の進歩なのですから、私如きがぶつくさ云ったっていたし方のないことです。
承知しながらも蚤の一言・・・bleah

投稿: おキヨ | 2010年7月 6日 (火) 11時05分

おキヨさん
「たのしみは めずらしきふみ ひとにかり はじめひとひら ひろげたるとき」と言う、塙 保己一
の歌がありましたね。
私も古書に匂いは、何となく郷愁や哀愁を感じて、そうだったと青春期を想いおこします。
蔵書は今も増えていきます。
少しは処分をしながらですが、蔵書を大切にして、捨てることが出来ないのです。
ご覧戴いています様に、背表紙を見るだけで、その本を購入した頃のことが、思い出されるのです。
息子が処分しておいてくれなどということがあります。  息子の書庫に、焼成の愛読した高橋和巳の何冊かが並んでいるのを見て嬉しくなりましたし、息子の買った外国の絵本の何冊かが小生の書庫に入っているのを見て、ほのぼのとした気分になるのです。
亡父の書棚に大江健三郎のエッセイ「鯨のいる日」だったかな、大冊が入っているのを見て嬉しくなったことがあったことも・・。
やはり図書館は大切でしょうが、矢崎さんのご指摘のとおり、形は変わっていくでしょうね。
私たちにとっては、書籍が自分のバックボーンの大きな位置を占めているのですから。

投稿: 来住しげ樹 | 2010年7月 6日 (火) 13時03分

来住先生

塙保己一我が市の誇る偉人です。しかし、ヘレンケラーをご存知の方でも、塙保己一ははて?といういまいち知名度の点で劣っているようです。有難うございます。^^
ただ〔たのしみは、めずらしきふみ・・・〕は橘曙覧の歌と記憶していますがいかがでしょうか。。。

書物は生き物のように際限なく膨張します。私などは先生と内容が違いますので、それほどもものはなく、リフォームの際に思い切って処分しました。それでもまたぞろ溜まりだしています。

夫は閑にまかせて図書館通いをしていますが、私は自分の本というのも楽しみのうちですので、どうしても買ってしまいます。

確かに。。。尊敬する人、親しい人と共有できるのも書物です。この楽しみもいいですね。
読んだ本がもとで親しく感じているブログのお仲間で風花爺さん様という素敵な方がいらっしゃいます。

私はやっぱりインクの匂いを嗅ぎながら読書をしたいですね。

投稿: おキヨ | 2010年7月 6日 (火) 19時49分

おキヨさん
誤植だらけであるだけではなく、記憶も曖昧になっています。  いよいよで。まだチョット早いかな。
矢嶋さん。失礼しました。矢崎さんと打ち込んでいました。 ごめんなさい。
「たのしみは ゆきふるよさり・・・・」
「たのしみは あずきのいいのひえたるを ちゃづけちょうものに なしてくうとき」
「たのしみは  ・・・・・・・・・・」沢山覚えていたはずですのに。
そうでしたか。  いやいや、歳月・時間の経過とともに、情報だけが、ちっとも変らないのに、人である自分が変わって行きます。
曙覧さん、済みませんでした。

投稿: 来住しげ樹 | 2010年7月 6日 (火) 21時02分

来住先生

知識の倉庫が大きすぎるとだと解釈しました。
私の姉妹でたまにしか本を読まないものが居て、それが生意気にも私の思い違いを指摘します。知識が少ないと割りと覚えているのですが、膨大な知識のあるほうが思い違いがおきやすいと思います。

そうなんです。〔たのしみは・・・〕の出だしでもしやとおもいました。^^

私の間違い、勘違いは桁が違います。どうかご安心を。。。(^_-)-☆


投稿: おキヨ | 2010年7月 6日 (火) 22時08分

おキヨさん
有難うございます。
それにもまして、好い一首「たのしみは ゆきふるよさりさけのかす あぶりてくうて ひにあたるとき」  どの短歌よりも、心の膨らみの出る情景です。
例の 小岩りの 歌集「ためらう女」は8月1日発刊の運びになったようです。
 ここまで赤裸々に自己を曝け出す営みは、一人の女性の号を感じずに入られません。かって、津田清子という俳人の句集に打たれたとも共通点のある世界でした。

投稿: 来住しげ樹 | 2010年7月 6日 (火) 22時19分

来住先生
お酒を嗜む方ならば歌心などなくてもすんなり頷ける歌ですね^^
私は現実的に
〔たのしみは 紙をひろげてとる筆の 思いのほかに 能くかけし時〕
勝手に(紙)をキャンバスに変えて好んでいます^^

そうですか!発刊日にはまだ日がありますが楽しみです。
女性の歌人、俳人は非常に激しく情熱をさらけ出しますね。それが読み手の心を打つただひとつの方法だと知っての事だと思います。きれいごとでは伝わりませんもの。。。

投稿: おキヨ | 2010年7月 6日 (火) 23時25分

本の虫の一人である私も、そんなに遠くない時期に「電子書籍」を利用することになっていると容易に想像できます。
それでもそれは旅の折に携える、というような使い方になっていて、主役はあくまで書物だろうと思います。
ささやかな書棚に並ぶ背表紙を眺めながら、気まぐれにあれこれ取り出し、これまた気ままにページをあちこちひっくり返す、こんな悦楽は本でしか味わえないのではないでしょうか。
書店の減少は確かに著しいですね。
特に地方で新刊書店、古書店ともにそれが顕著です。
特に思い出の残る古書店がいつの間にか消えてしまっているのは、自分の体の一部が欠けてしまったような愛惜を覚えます。
身に過ぎるご紹介をいただき、体が縮む思いです。

投稿: 風花爺さん | 2010年7月 7日 (水) 07時08分

風花爺さん様
なるほど、頻繁に旅行をされる方にはipadは便利でしょうね。そう考えると、私もバックの中に文庫本よりはipadのほうが!flair
風花さんのご意見で直ちに肯定派に転ずる節操のない私です。^^ゞただし使いこなせるかどうかが先決問題になりましょう。。。
内容の遺憾はどうあれ読書は日常の一部なので、近くに本屋さんがなくなるのは私としては悲劇です。棚にある本をあれこれ見て手にするまでの楽しみを失いたくありませんね。
古書店は憧れますが田舎には望めません。

あ、こっそり書いたつもりお目にとまりましたね。
風花さんの文章には内容に関する以外のいろいろが感じられますので短い表現で書きました。(^^ゞ

投稿: おキヨ | 2010年7月 7日 (水) 12時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ほめられた結果・・・ | トップページ | 草笛光子さんの白髪 »