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戦争の話は夏の風物詩?

〔この季節になると、みんな戦争、戦争というけれど夏だけ思い出せばいいと云うわけじゃないでしょう〕と米国在住の作家米谷ふみ子さんが笑ったと、今日の読売新聞〔日曜の朝に〕というコーナーに書いてありました。私はこの画家でもある作家を知らなくて、ブログで知った方に教えてもらい1年ほど前、立て続けに3冊著書を読みましたが、切り口鋭く、歯に衣着せぬ痛快さを感じたのを思い出し、いかにも米谷ふみ子らしい言い方だなと思いました。

確かに、8月になると昭和20年に原爆投下で終わった戦争の話題をテレビや新聞で取上げ始めます。それはいいのですが、8月を過ぎると、テレビも、新聞も、誰も、まるで何もなかったかのようにお終いにしてしまいます。米谷ふみ子さんに〔風物詩〕といわれても仕方のないことかもしれません。

今日のNHK教育テレビ〔日曜美術館〕では画家の宮崎進(しん)を取上げていました。画家はシベリア抑留の体験者。その非情な体験をシベリアシリーズとして膨大な作品にし世の中に訴え続けています。極寒の中飢えて亡くなった戦友の顔を一人ひとり紙切れに描きのこしたのは、そうでもしなければ、戦友たちはただ無になるだけだと87歳の老画家はいいます。。。戦争の非情さ虚しさをわが身で体験した人は終生〔あの日の8月〕であって〔8月は戦争を思い出す月〕ではないとおもうのです。

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宮崎進 〔無常〕 

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雑記」カテゴリの記事

コメント

8月はあの戦争を思い出す月だとすると、残りの11ヶ月は忘れている月、ということになるのでしょうか。
大半の日本人はそうなんでしょうね。
私を含めて・・・。
ただ、私にはもう一つ、脳裏に刻まれている月があります。
12月、そうです。
昭和16年12月8日。
開戦の日です。
その日は同時に、日本の終わりが始まった日でもあるのです。
終戦の日と違い、今では特別な日ではなくなっていますが、私はその年の4月に就学(国民学校)して
いますので、終生忘れることが出来ない日なのです。
米谷ふみ子さんのことは初めて知りました。

投稿: 風花爺さん | 2010年8月 2日 (月) 20時33分

風花爺さん様
しかし64年間8月以外の月もということは無理なように人間は出来ているのでしょう。やがてその傷みが忘れ去られるのを危惧して米谷ふみ子は云ったのだと思います。

確かに〔開戦の日〕は禁句のように誰も何も言いません。考えるとこちらのほうをもっと重大視ししたほうがいいのではないかとさえ思えてきます。

私は米谷ふみ子の本を3冊読みましたが、これが女とは思えない、というか女だからこそというか。。。アメリカに住んでいながらその国のこき下ろしっぷりの豪快さは胸がすくような思いです。題名からして〔ええ加減にしなはれ!アメリカはん〕とか〔なんもかもわやですわ、アメリカはん〕と大阪弁です。痛烈でユーモラスなんです。
あとは私小説だと思いますが、精神病の我が子をかかえ、アメリカで孤軍奮闘する日常を書いたものは鬼気迫るものですが湿っぽさは微塵もありません。いずれもからっとした文章が特徴のようです。

投稿: おキヨ | 2010年8月 3日 (火) 01時13分

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