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お盆の楽しみは。。。

子供の頃のお盆の話。。。

東北地方の盆は思い切り派手に、賑やかに先祖を迎える楽しい行事でしたね。ただ我が家は分家でしたので仏壇が無く、したがって他所の家のように仏壇の周りを華やかに飾り立てる事ができずに私達子供は少し不満でした。本家の墓参りに行くのは母と長女だけで、私以下の子供は本家に墓参りをした覚えがありません。本家とは母の実家で、父は仙台の人ですが、わけあって先祖の墓参りは行きませんでした。

それでもお盆が楽しかったのは、近所のお墓に一緒に連れて行ってもらったからです。どうしてお墓に行くのがそんなに楽しいかというと、赤いべべを着せてもらえるから。綺麗な着物と髪に大きなリボンをつけ、畳で出来た高いポックリを履いた晴れ姿で、軽い供物を持たせてもらい嬉々として他家の先祖をお迎えに出かけたものです。妹は妹で違う家のご先祖を迎えに。。。思えば変な話ですがそんなこと誰も気にしませんでした。お寺さんも着飾った人たちで祭りのように賑やかで、どの墓の前も供物でいっぱいだったのを覚えています。

4年前の6月に父母の墓参りをしたとき、お墓に母が生前好きだった菓子や果物を供えようとしたところ、嫂に止められました。鴉が来るので供え物が禁止だというのです。供物は持って帰るのがきまりだと聞き、なんと味気ない事になったものだと思い、お盆もそうなのかなとふと気になりました。

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つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ところ変われば・・・ですね。
よそのお宅の迎え盆をするのですか。
昔は「盆と正月」というくらいで、生活上の2大イベントでしたね。
子供はお小遣いが貰え、滅多に口に出来ないご馳走にありつけたものです。
ただ私の生家の地域はそのころ養蚕が盛んで、旧盆のころは一番忙しい時期でしたから、暇が出来る9月初めにお盆の行事をしていました。
今は生活様式がすっかり変わり世間並になっていますが。
そして子供のころには年に2回しか食べられなかった豪勢?なご馳走も、今はその気があれば毎日でも食べられます。
その分ワクワク感は無くなってしまいましたが・・・。

投稿: 風花爺さん | 2010年8月14日 (土) 06時55分

風花爺さん様
そうなんです。私と妹はお隣とお向いのお宅のお墓参りをしました。
いくら着飾ってもお墓へ行かなければ意味がない。行くところがあるというのが重要だったんですね〔笑〕
お迎えをする先祖が我が家に無くても、お盆のご馳走は他所と同じく豪勢でした。戦後間もないのに田舎はその点いち早く持ちなおしました。山海のものが自在でしたからね。

思い出とは豊なものですね。おそらく今の子供達はあの程度のことではたいした喜びにはならないと思うのです。関心ごとの次元が違いますからね。。。

投稿: おキヨ | 2010年8月14日 (土) 11時37分

私の故郷は長崎の島原です。長崎といえば「精霊船」ですが、さだまさしの長崎市の船と島原の船は全くといっていいほど違います。
島原の船は、竹と麦わらで作った長さが5メートル以上もある船で重さだって1トン近くになるのではないでしょうか(重さは感じですが)。八月十五日の晩、その船に“切子灯篭”という提灯を何十個とぶら下げて、若い衆がかついで「なまいどー、なまいどー」と叫びながら街を練り歩くのです。
船は町内ごとに仕立てて先頭には町内の名前を印した纏を立て海まで担いで行きます。船には提灯のほかに各家で仏壇に供えていた野菜、果物類も乗せられていますから、肩の骨が折れるほど重かったことを覚えています。
海岸で一練りしてから、泳いで沖まで運び沖に放置してくるのです。船には黄泉の世界へ帰る仏様が乗っているのです。
翌朝早く海岸に行けば、船の残骸に混じったスイカやトウモロコシなどが拾えたものでした。
(現在は担ぎ手不足、環境保護の観点などいろいろ規制され様変わりしていますが)。
船の様子は、島原市のオフィシャルサイトで現在見ることができます。

投稿: 周坊 | 2010年8月14日 (土) 16時12分

追伸
島原市のサイトは、見つけにくいので押し付けがましくで恐縮ですがURLを記します。
  http://www.city.shimabara.lg.jp/kanko/021/021.html

投稿: 周坊 | 2010年8月14日 (土) 16時38分

周坊様
わぁ~!これは勇壮な精霊船ですね!これは凄いです。
こんな豪華な舟でお帰りになられるご先祖様たちもさぞご満足でしょう。お見送りも地方によって様々です。

そうでしたか。周坊さんは島原出身の方だったのですね。ブログで知り合った方を少しずつこうして知る事ができると親しみがわきます♪
私は普賢岳が爆発した2年後に九州一種旅行で島原へも行きました。普賢岳はまだ生々しかったです。

私の実家も川がすぐ目の前で、精霊流しがありましたが、広い川幅を大小さまざまの精霊流しが静かに海へ流れていく様を懐かしく思い出しました。日本のお盆は風情があっていいものですね。検索したら今でも同じように行なわれているようです。

ご丁寧な添付を有難うございました。


投稿: おキヨ | 2010年8月14日 (土) 19時21分

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