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まずまずの人生

今日は敬老の日。我が高齢者夫婦は、〔お爺ちゃん、おばあちゃん、敬老の日おめでとう!present dollar〕といわれる事もなく、普段と全く変わらない日を過しています。陰では〔く○ばばぁ!〕いわれていようが、表面的には誰からも〔おばあちゃん〕などと一度も呼ばれる事なく〔子も孫もいないのです〕、ワタクシ71歳の今日まで過してきました。さしたる事故も、不幸もなく、やっと程よい気温になった今日、ラジオから流れる秋の歌などを聴きながらぐ~たらと新聞など読んで穏やかなひとときを幸せに感じながら過しています。とくに貧乏でも〔他人の目からはどうあれeye〕、豊でもない日常生活を続けながらこの齢まで無事だった事に感謝し〔おめでとう!shine〕自身にいいましょうかネ。

つらつら思うに〔もしあのときに運が悪ければ・・・sweat01〕ということが何度かありました。たとへば、数年前、草津白根の峠で脚をすべらせ、急な崖をまっさかさまに落ちていき、危ういところで細い枝に捉らなかったら、すぐ下で待ち受けている岩に頭をぶっつけてnewmoon。。。でも顔面、掌に擦り傷をこしらえたものの軽症ですみました。こういうことを子供の時分から上げると結構ありますね。川で遊んでいて深みにはまり、もしあの漁師が近くにいなかったら川に流されていたとか、ターザンのような遊びをして落ちたところが、眩暈のするような崖の一歩手前とか。。。身体的な危険ばかりではありません。50年近く前、ぽっと出の田舎娘が騙されたのが、〔蟹は自分の甲羅にあわせ穴を掘る〕という諺の典型的な類の今の夫。。。もし押尾学のような男に出会っていたらと思うと。。。〔出会わない!pigこれだもの

なにはともあれ、自分を考えると妥当な老後を迎えたと思っています。感謝!〔9月20日〕

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うにめしnotes

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つぶやき」カテゴリの記事

コメント

今、自分はこうしているが、振り返るとこれまでに何度か大きな分岐点を過ぎてきたなと思います。
若しあの時右の道を選んでいたら、若し次の分岐を左に取っていたら・・・
きっと今の自分とは違う己がいたに違いない・・・。
どちらが良かったのかは絶対に分からないことですね。
良かったのか、悪かったのかは横において今の状況を良しとして、受け入れておくしかないのではないでしょうか。
TVも冷蔵庫も車も無かったころに比べれば、もうそんなに欲しいものは無い、と言える今はずっと増しです。
これからも過不足のない日々が過ごせれば、それほど悪くない老後だと思いながら、ゆっくりと、長い坂を下っていける気がします。

投稿: 風花爺さん | 2010年9月21日 (火) 17時31分

押尾学のような男に出会わなかったのは、この上はない幸運。
押尾学被告は消極的な殺人者であり、少なくとも10年以上は投獄されるべき。
虚言を吐く悪人・押尾学及び嘘を言って犯人をかばうことを生業としている悪徳弁護士に裁判員はだまされたのかも知れない。
薬物犯罪者は出所後の再犯の可能性は否定できない。

投稿: 左巻き菅 | 2010年9月21日 (火) 18時21分

風花爺さん様

どなたも、考えたらあのときが分岐点だったということがあると思います。自分で選んだ道の様でもそうではないなにかに導かれている気もしないではありません。
あの時違う道を選んだとしたら、あるいはもっと幸せだったかも・・・とはあまり思わないですね。あまりにも今の暮らしぶりがフィットしてしまった結果だと思います。生き方にしろ、暮らしぶりにしろ自分に過ぎた事は重荷です。
後は私が死ぬまで夫に元気でいてもらえば上々の人生です!
その後の夫は、ですか?   さぁ~・・・!?smile

投稿: おキヨ | 2010年9月21日 (火) 20時02分

左巻き管様

じつに、じつにさようですね。もし私が亡くなった方のように美貌の持ち主だったら、あの手の危険も確率が高かったでしょう。その点は親に感謝すべきです。。。

確かに思ったよりは刑が軽いような気もしました。
反省の色が見えなければ、刑に服して出て来ても世間が許さないでしょう。

投稿: おキヨ | 2010年9月21日 (火) 20時09分

夜中に眼を覚ませば枕元の時計が規則正しく律儀にもその音を刻んでいる、あまりにもその律儀さが何故かうす気味悪くもある・・枕に載せた首を返せばもうその音は聞えない・・変って耳に聞えるは『すぅ。すぅ』とこれまた律儀にも繰り返される妻の寝息だ・・時計の音の律儀さと打って変って何とも心地よい律儀さだ・・五十億の中でただ一人、「オイっ!」と呼べる君のその寝息がいつまでも律儀さを失わぬことを私は願いたい・・

今夜のハイビジョン特集。再放送「ただ一人"おい"と呼べる君へ・・」 より


投稿: 伊藤 | 2010年9月21日 (火) 23時05分

こんばんわ 自分の半生を振り返ると前半は
辛かったけど 伴侶にも恵まれてからは平穏な人生を歩んで来れたと思います。兄弟の家庭は病気での
入院とか多いのに我が家は何も起きず毎日無事に
暮らしてこれました。結婚してからはまずまずの
人生だと思います、願わくば奥さんが亡くなる前に
あの世に旅立ちたい 何もできない人間なのです。

まずまずの人生だと思えたら大成功ではないかと
思います。(自分も子はいません)
禍福は糾える縄のごとし 幸と不幸が交互に
やってきたらたまったものではありませんが。

投稿: 越後屋 | 2010年9月21日 (火) 23時21分

おキヨさま、作家城山三郎氏の奥さんは三郎氏よりも先に逝ってしまいましたけど、貴女は先に逝ちゃぁ、イケマセンヨ

投稿: 伊藤 | 2010年9月21日 (火) 23時23分

伊藤様
これは名文!
ほんとうですね。安らかな寝息をたてる相手が居るしあわせ、意外に気づいていないかも。。。
そうやって、律儀な時計は私の人生を無感動に刻み幸せが永遠ではない事を教えてくれるのです。

私だって〔オイッ!〕と呼べる50億人のただひとりが傍に居て〔はい、はい、奥方様、何か御用でも。。。〕ともみ手をしてかけつけてくれる相手が居る幸せをかみしめています。

え、なにか違いますか?smile

投稿: おキヨ | 2010年9月21日 (火) 23時38分

越後屋様

禍福は糾える縄の如し・・・よく言われる言葉ですね。幸福だとこの言葉は思い出したくありませんが、自分が不幸な状態にあったときにはこの言葉は力になると思います。

齢を重ねると、なにが幸福なのかが少しづつわかってくるというのがありますね。幸福感は自分で感じる意外にはないのです。

私はこのままではないはずで、かならず平穏で居られなくなるときが来ると思いますが、じゅうぶんに幸福だった時代を経てきたのですからじたばたはしない覚悟が出来ています。願わくばそれは短めであって欲しいですね。

投稿: おキヨ | 2010年9月22日 (水) 00時32分

伊藤様
あれ~!私は映画を観た後、ちょこっと見ましたよ、その番組。岩井友美が奥さん役を演じていましたね。

”先に逝っちゃイケマセン・・・”
それがね、7つ上の我が夫、すこぶる元気で、脚の悪い私はとても太刀打ちできないのですよ。
それと、後に残ったら、いろいろ手続きが面倒じゃないですか。それを考えると先に死んだほうが勝です。。。happy01

投稿: おキヨ | 2010年9月22日 (水) 00時43分

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