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作家に多いうつ病

ここのところ、背景が親しみのある場所が多いという理由で、芥川賞作家 南木佳士の短編をを2,3冊読んでいますが、作家は作品の中で重いうつ病に悩まされていた事実を折に触れて書いています。そこで、思いつくままに著名な作家の鬱、躁鬱、または精神的不安に悩まされた作家を思い出してみると、これが私が知っているだけでも結構多いことに気づきました。旧くは芥川龍之介 夏目漱石 太宰治 坂口安吾といったところが一般的に知られています。。北杜夫 開高健 などもそうですね。また世界の作家では トルストイとかゲーテ バルザックなども鬱症状があったといわれています。

ざっと知っているだけでこれだけ名前が上がりますので、正確にはまだまだ精神に不安を持った作家がいるのではないかと思います。やはり作家達は繊細な神経の持ち主が多いということかもしれません。〔ペンと原稿用紙と脳〕だけで多くの人を魅了する世界を作り上げる作業をするわけですから鬱症状に見舞われるということが多い職業かもしれませんね。

作家に比べると画家のうつ病は、あるにはあるのですがそれほどとは思えません。ゴッホやムンクはよく知られていますが、作家に比べると少ないような気がします。この違いの理由を私なりに考えると、画家は描くことで自分を解放できる、職業ではあっても基本的には〔自分のためにしか描かない、〕などが上げられるのではと思うのです。

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コメント

おキヨさん
作家の鬱状態。芥川の「或る阿呆の・・。」などは、そのまま精神の時ごとの変化をそのまま記録しています。と考えても好いでしょう。 川端康成だって、自分の立場に見合う「いま」が無いからと意識した一瞬に反応した行為だったのではないでしょうか。
本来作家にしろ、絵描きにしろ物をクリエティブに捉えようとすることそのことが、すでに、本来の生活を改革しようとする意志から生まれています。
 旭山動物園の小菅園長の仰る動物の基本的な生きる形「食べ物を得る」「生殖」の2つしかない絶対条件以外のものを文化と呼んでいると言う論。説得力があるようで、私自身も戸惑いながらadhd的な作業を絵に委ねていることを奇異に思うことがあるのです。
平野啓一郎、塩野七生などを見ていますと、どこまで知識を蓄積しているの? とぎょっ天してしまいます。
それも、チョット以上としかいえないほどだと納得してしまうのです。

投稿: | 2010年9月11日 (土) 07時41分

風の樹人様

川端康成もそうでしたね。厳密にいえば相当の数の作家〔ばかりとはいえませんが〕文化人、著名人が鬱症状の傾向をもった方がいるのかもしれません。知的文化病とでもいいましょうか。
人間も本質的には他の生き物のように淡々と生きるものだったのでしょうが、現代病ともいえる精神面の悩ましい症状は人間が進歩を望んだ結果の産物ともいえそうですね。

知識の塊のような人でも知らないことは知らない、というのがあります。

私は最近になって、自分が生きていくうえで必要なわずかな知識しか持ち合わせていない人の清清しさというほうに魅力を感じています。そういう方々は相応にして生き方も清く賢いと感じます。
比較すると私などは一生無い物ねだりの心貧しい人間に思えてなりません。。。

投稿: おキヨ | 2010年9月11日 (土) 12時05分

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