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夢は楽しいものに限る。。。

ときどき、砂漠に佇んでいる夢を見ます。遠方に陽を受けてきらきら輝く民家があるのに其処へどうしてもたどり着けない。とうりすがりの人に道を訊ねるのですがいつのまにやら道を間違えて堂々巡りを繰り返すばかり。同じような夢を幾度も見るのは何か無意識に抱えた心の底を暗示しているのかもしれません。。。

明け方見る夢は楽しいものにこした事はありませんね。。。

なんだかちっとも面白くない記事になっちゃって書かないほうがよかったかも。。。

お詫びに2年前に行った群馬県富岡市にある、明治5年日本初の官営製糸工場をご紹介。

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世界文化遺産登録を目指しています。

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工場内

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工場内に診療所まであったのですね。

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人夫さんはちょんまげ姿

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女工さん達

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建設にかかわった海外の人々

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日記」カテゴリの記事

コメント

世界列強に肩を並べるべく、富国強兵の大号令の下(もと)、女工さん達もその劣悪なる労働条件にもかかわらず、近代国家日本建設に向けて大いに貢献致したのでしょうねぇ・・(地方出のうら若き女性たちのその働きは決して疎かに出来まいぞ)

投稿: 伊藤 | 2010年12月21日 (火) 06時36分

そう言えば随分と昔、岸田今日子の『砂の女』という映画があったけど、アレもワケの解からぬ映画だった・・(笑)

投稿: 伊藤 | 2010年12月21日 (火) 08時11分

おキヨさんの夢は前向きでまだまだ積極的です。
私は何かに追われて必至に逃げるのだけどちっとも
足が動かない。もがいているうちに目が覚めて“ああ夢でよかった”といった情ない夢ばかりです。

富岡の製糸工場、中学の社会科で習ったのかな。
九州の官営八幡製鉄もありました。
よしあしは別にして、明治の先人は立派だった。

投稿: 周坊 | 2010年12月21日 (火) 09時44分

ロマンチックな夢ですね!lovely
私もお姫様とラクダに乗って、月の砂漠をいつまでも堂々巡りしたいですよ。お姫様と一緒なら最高です(笑) 民家に着かない方がいいのです。
それに比べると、私の悪夢は原稿書きに追われて、あと5分だというのにさっぱり書けない。
ああ、もう放送時間だ~~駄目だ~~そこで目が覚める。
なんと厄介な夢でしょう。何度も見ましたよ(苦笑)

投稿: 矢嶋武弘 | 2010年12月21日 (火) 11時42分

伊藤様
日本初の製糸工場に勤める婦女子は良家の出身が多かったそうです。日本が世界に誇れる官営事業ですからね。。。ただ外国人が指揮していたので、夜な夜な娘達が喰われるという噂もたったそうです〔笑〕

映画は観ませんでしたが、安部公房の〔砂の女〕は昔読みました。シュールな本だったと思います。大学教授だったか、高校教師だったか忘れましたが、砂地獄にはまり、底から抜け出せないという・・・岸今日子はその中に住む不思議な女を演じたと思いますが的役ではなかったでしょうか。

投稿: おキヨ | 2010年12月21日 (火) 11時45分

周坊様

私も何かに追われる夢もみます。思うように逃げられないもどかしさで〔これは夢に違いない。〕と夢の中で思ってしまい、覚めてから〔やっぱり夢だった〕・・・〔爆〕

明治時代の近代化はめざましいものがありましたね。時代背景を比べてみると今の時代は到底比べ物にはならないでしょうね。ほとんど〔無〕から手探り状態ではじまるのですから。。。

工場内は当時としては画期的な文明文化がいたるところに観られます。

投稿: おキヨ | 2010年12月21日 (火) 12時28分

矢嶋様
それがちっともロマンチックではないのですよ。王子様も何も居ない一人ぽっちなのですから、覚めても寂寥感がしばらく残ります(u_u。)

矢嶋さんの夢はお元気な頃の夢の続きなのでやはりお気持ちが若いのです。
私も絵の搬入間近になると矢嶋さんと似たような夢を見ることがあります。
夢だったと知ってほっとしますよね。私の場合搬入日を間違えて出品できなかったという現実も一度ありました。happy02

投稿: おキヨ | 2010年12月21日 (火) 12時40分

片倉診療所の名前は婚前に絹織物工場で働いていた頃によく扱った片倉の絹糸が思い出されました
ただ郡是の絹糸には作業のしやすさや糸の扱いやすさなどは及ばなかったように思います
60年近く昔の事柄がふつふつと甦りました。

投稿: ゆき | 2010年12月21日 (火) 19時56分

ゆき様
ようこそ。コメント有難うございます。
富岡製糸は官営から民営になり、片倉財閥の経営に変わったそうです。そのときの診療所のままなんですね。

そうですか。ゆきさんは絹織物工場にお勤めでしたか。立派な技術をお持ちの職業婦人だったのですね。

これからも拙ブログよろしくお願いいたします。

投稿: おキヨ | 2010年12月21日 (火) 20時37分

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