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12月8日 夫婦の会話

開戦記念日ということを特に意識したわけでもなかったのですが、この日珍しくも、車中で夫が1945年3月、いわゆる〔東京大空襲〕の日わが身に起きたことを少しばかり話しました。

夫の家族は最も激しい攻撃を受けた深川高橋〔たかばし〕というところに住んでいたので、当時13歳といえばその特異な状況は記憶に染み付いて離れないと思うのに、本当に何も話さないのです。私が水を向けても〔聞かないほうがいい。。。〕というだけ。

話のきっかけは忘れましたが、〔砂糖会社の倉庫がひどかったな。。。〕〔わざわざ見に出かけたの?〕〔そうじゃない。死体の処分に刈り出されたんだよ〕〔えっ、だってまだ子供だったでしょ!?〕〔子供も何もあるもんか。死体を運べる体力のあるものはみんな借り出された〕というのです。みんな黒い木のような形だったので、怖いとか気持悪いという感情は全くなかったといいます。。。人はどのような状況にも〔すぐに慣れてしまう〕というのです。

何にでも慣れてしまい対応できると。。。考えるとこれは恐ろしい事ですね。

私が思うにあの体験は自分〔夫〕の語り口、表現ではあまりにも重すぎて、いっそ言わずに済むものなら言わないほうがよいと判断しているものと思います。

戦争や空襲体験は、話す事が義務と思う方と、逆の考えを持った人間が居るのですね。

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日々のつぶやき」カテゴリの記事

コメント

私の義父(妻の父親)は、軍属でシンガポールに行っていたそうです。戦時中ですからいろいろあったと思うのですが、カニを採りに行った話や、演芸会でハーモニカを吹いたとかの楽しい話以外は一切しませんでした。

投稿: 周坊 | 2010年12月 9日 (木) 20時57分

周坊様
いらっしゃいますね、そういう方。。。
私の知人の父親も戦争で九死に一生を得たというのに過酷だった話をいっさい家族にしないそうです。語っても語っても、実体験しないものにはたして理解させられるかどうか、ということと、話してどうなる、という気持ちがあるようですね。

私の夫に場合も生きているのが不思議というような体験ですから、拾った命と考えているようですよ。
明るく脳天気に生きなければと思っているようです。

投稿: おキヨ | 2010年12月 9日 (木) 23時06分

亡くなった父は海軍で海防艦に乗っていたのですが
いつか時期がきたら戦争の話をしてやると
言っていたのに話をしないうちに早く亡くなって
しまいました 心残りです してほしかったのに。
香港の夜景なのかキレイだったそうです 
それと夜の砲撃 高射砲なんだろうか
花火みたいでキレイだったと言ってました。

父から聞けなかった分 陸軍で南方に従軍した
叔父の戦争体験を書いたものを読ませてもらい
うれしかったです。戦争は悲惨で人を醜くする
ところがありますね 生きんが為に。

ご主人は大変な思いをしてらっしゃるのですね
どんな状況でも慣れてしまう人間てすごいですね。

投稿: 越後屋 | 2010年12月10日 (金) 13時49分

越後屋様

お父様は戦争の話をされずにお亡くなりになったのですね。やはり美しい話やいい事だけを子供に残したくないというお気持ちだったのでしょうか。
自分の勇ましい姿はたくさん語るのに、惨めなだった事は話さないという方がいっぱいおられます。

おぞましい事にも人間は慣れてしまう。麻痺してしまうというほうがいいでしょうね。
戦争が起れば、人は狂人と化してしまうことを過去に経験したのですから、それを忘れてはいけない・・・のですが。。。今世界はちょっと危ういでしょう。

投稿: おキヨ | 2010年12月10日 (金) 20時49分

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