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幻想的な寒行僧の姿

わが地方にも今日は、豪雪地帯の方々が見たら失笑してしまう程度の雪がちらりと降りました。私は寒い東北北部で生まれ育ちながら、寒さが嫌というのも原因のひとつで故郷から逃げ出した人間なのに、冬ともなると雪が恋しく、見渡す限りの銀世界をたまには見たいものと思うのですが、雪の降りにくい地方に住む事になり雪らしい雪を見ることがかないません。

そういう私が故郷の景色として忘れられないのは、厳寒の2月になると、闇の夜を割くように現れる寒行僧の姿。。。8時ごろ決った時間に遠方から太鼓の音が聞こえ出し、少しづつ近づいて、やがて玄関先で経を読む声が聞こえます。母がお布施を渡すのを子供達は窓から見ているのですが、墨衣、網代笠、手っ甲脚絆に素足で、大概3人の托鉢僧でした。僧と母はむかいあって手を合わせお辞儀をし僧は鈴を振って静かに立ち去るのですが、その一連の動作が子供心に俗世のものではない何かが感じられ、托鉢僧が我が家に寄らずに行かれるとがっかりしたものです。

雪の降る夜などは雪の中から3人の墨衣をまとった僧達が現れ、また雪の中に消えていく姿を飽きずに窓から眺めていたものですが、冬の故郷の光景を思い出すとすれば雪の夜の寒行僧の幻想的な姿です。

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日記」カテゴリの記事

コメント

ありました、ありましたねぇ・そんなのが、ウチらの方は宗旨宗派の違いか?、叩くのは太鼓ではなく鉦でしたネ・・カ~ン(3秒ぐらいの間隔で)カ~ン・・と辻々を打ち鳴らしながら静かにやって参ります、何処かでお布施が上がりますと打ち鳴らす鉦が早打ちとなります・・「あぁ近くでお布施が上がった様だナ・・」家の中に居てもそれが判るんですよネ・・「ほんじゃ ウチも上げるとするか・・」お布施と申しましても田舎の事ですからどの家々も差し出すものは、二、三合程のお米でしたネ。
 

投稿: 伊藤 | 2011年2月13日 (日) 03時41分

でもバブル期を向かえました頃に、そこの住職は寺所有の裏山に大霊園を築き上げまして、寒修行もそれっきりとなった様であります(笑)

投稿: 伊藤 | 2011年2月13日 (日) 03時57分

画像①の廃屋・・出来る事ならこんな家を手間暇かけて直して、終いの住み家としたいですねぇ、隣家も遠のいているようだし、ストーブの薪にも事欠かない(笑) 
「起きて半畳、寝て一畳・・」それを思えば広すぎる(笑)

投稿: 伊藤 | 2011年2月13日 (日) 10時27分

あっ! スリップ注意の道路標識、こんなのは美観を損ねちゃうから、ひっこ抜いて放かしちゃを・・(プッ)

投稿: 伊藤 | 2011年2月13日 (日) 10時39分

始めまして。数日前「正直婆さん」のブログに出会いました。面白い、刺激的、年齢不詳。読んでいるうちに、同世代の方とわかりました。一層親近感を感じて今まで書き込みなどしたことのない私が、書いています。
昭和12年、と6年の二人です。
片付けべたの私と、整頓上手の夫。居直ったわけではありませんが、どうにもならないことがわかりました。
同時代を生きた者同志思い出も共通、方言も理解しあえる、ふるさとの味、友人などなど…
これからもブログを読んでいきます。よろしく。

投稿: kokuriko | 2011年2月13日 (日) 14時58分

伊藤様
外出してまして、コメントレスが遅れ、申し訳ありませんm(__)m
お宅様のほうにも寒行僧が行脚されていたのですね。
そうですね。宗が違うと少しスタイル?も違うようですね。時代劇でお目にかかる、尺八を持った虚無僧も見たことがあります。あれは夜ではなかったような。。。
我が家の周辺に見える寒行僧は法華太鼓と鈴を持っていました。
お米のお布施も多かったようですね。

白の世界の墨衣はいかにも日本的な美しい光景で、強く印象に残っています。
現在も寒行が行なわれているかどうかは定かではないですね。。。

投稿: おキヨ | 2011年2月13日 (日) 23時21分

伊藤様
廃屋は趣があって好きですね。この場所をどんどん進んでいくとやがて榛名湖へつきます。途中ラフロードもありますんであまり車が通らないところです。こういう廃屋がぽつん、ぽつんとでてきます。
住人はさぞ寂しかったでしょうね。。。車が無かった時代はいったいどうして暮らしていたんでしょう?自給自足?

確かに。。。野暮な標識でしたcoldsweats01

たくさんのコメント有難うございました!notes

投稿: おキヨ | 2011年2月13日 (日) 23時33分

kokuriko様
ようこそおいでくださいましたnotes
拙ブログお読みくださっているとのこと、有難うございます。
同年輩と伺い、私のほうはあまりにも年甲斐の無いお粗末さがあらわなブログを恥じてしまいました。

お互いここまで来ると、物事にとらわれる事もありませんね。我が家では何事も手の空いた、できるほうがやる、ということになっています。

貴方様も方言をお持ちなんですね。最近はぬくもりのある方言も少なくなりました。

私はこの無教養丸出しのブログのままで続けますので、飽きるまでお付き合いよろしくお願いいたします。shine

投稿: おキヨ | 2011年2月13日 (日) 23時58分

昔 自分のあたりでも 太鼓をバンバン鳴らし
お経をあげて各家庭を回る坊さんをたまに見ました。
米2~3合はあげられないかな~~~sweat01
両親とも働いてはいましたが家が豊かではなかったし
父はともかく 母は迷惑がっていたと思います

近所の家の話ですが おもらいさんなのか
お坊さんなのか「5円の金もないのか!と 毒づいた
話を記憶しています」宗派はわかりません。

最近はイエス様系の方が3人グループで地域を
回ってきます うちは浄土真宗だからと
何回断っても また来るのは 迷える子羊を
救いたい一心なんでしょうか?
迷っちゃいないんですけどね~(笑)

でも断ると素直に帰ってくれます。もう来るな! 

投稿: 越後屋 | 2011年2月14日 (月) 16時16分

越後屋様
托鉢に歩いているには必ずしも古くからのちゃんとした宗派とは限らないんです。日本古来の宗派の修業僧はそのオーラを持っています。

お布施も必ずというのではなく、合掌だけでもいいと思いますよ。でも寒行僧にお布施が上がるのは自然の行為たと思います。今は解りませんが。これも時代です。

キリスト教も宗派がたくさんあるんですね。我が家にも子供連れの胡散臭い宗教勧誘がきます。あれはイヤですねぇ。pout

投稿: おキヨ | 2011年2月14日 (月) 23時51分

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