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シラミの話

〔デリケートな方読むべからず。。。ban

先日ブログで仲良くさせて頂いている伊藤様のコメントレスに〔シラミ〕という字を書き込んで以来、シラミが頭の中を去来。。。(ーー;) 記事にしてシラミを脳内から消し去らないと。。。

シラミを実体験した方は私の同年輩だとほとんどではないでしょうか。お若い方のご両親、もっとお若い方の御祖父母様方も経験された方が多いはず。。。戦後22,3年頃小学生だった方ならご存知の事と思います。戦前はシラミなど居なかった。ということは戦後外国から輸入されたものだったんですね。よほど病弱で家を出ない子以外は、学校などで移るわけですから、お金持ちの子も、貧乏人の子もシラミは平等についたものです。衣類は熱湯消毒できますが、丸坊主に出来ない女の子の髪の毛のシラミはどうする事も出来ませんでした。学校では講堂でDDTという臭いうどんこのような白い消毒薬を頭から振り掛けられたものです。

その甲斐あってか、シラミの流行期間は意外と短かかったような気もしますが、地方や学校にもよったかもしれません。

シラミをご存じない若い方のために、今から65年ぐらい前に、こういうこともあったのだと、品のよい方は絶対に書かない話を、品のない私が書きました。pen

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コメント

シラミってオンタイムでは知りませんが、親や姑から聞いたことあります。DDTを噴霧器でかけられるのをdashモノクロニュースで何度もみました。

「戦後の食糧難のとき、育ち盛りの小学生たちに、栄養を摂らせたいと横浜の山下小学校の校庭にカボチャや数種類の野菜を育てた当時の校長が、主人の祖父で、映画館のニュースで放映されていた」
っていうのを私は姑から何十回も聞きました。

畑といえば、おキヨさんの畑danger市の畑に再度申し込まれるのですか?
ご主人が20年近く手塩にかけたのに、お寂しいですね。

投稿: AKB48才 | 2011年2月12日 (土) 11時56分

AKBさんのおっしゃる如く、当時の学童におけるシラミ駆除は戦後期の記録映像に残るところですよネ、昭和29年小学校入学の私にはもうそれらの経験も無く、シラミそのものを知りません・・しかし、学校に於いての虫下しの投与は盛んに行われておりました、当時の学童の中にはまだまだ回虫を保持する者が多かったのでしょうねぇ・・

投稿: 伊藤 | 2011年2月12日 (土) 12時57分

「保持する」・・チャンピオンベルトでもあるまいし、『回虫を保持する」なんて言い回しは誤りですネ(笑)

投稿: 伊藤 | 2011年2月12日 (土) 13時05分

AKB48才様
やはりご両親やお姑さんの話題にシラミがのぼったんですね。日本中大流行だったと思いますよ。戦争に負けた挙句、余計なものまで流行して。。。定かではないですが復員された方が外国から持ってきた?のならシラミも戦争のせいですね。
そうそうたまに当時の白黒ニュースを見ます。

今の畑が使用不可ということが本格的に通知されたらまた市役所に出向いて聞くことになるかもしれません。あるいは年を考えてこれをしおにすっぱり家庭菜園をやめてしまうか、お爺のむねひとつですね。。。

投稿: おキヨ | 2011年2月12日 (土) 13時11分

伊藤様
貴方様の〔くさけ〕からシラミの話に拡大してしまいました〔爆〕
シラミの媒介で異様な皮膚病にかかる子供もいました。なにしろ食糧難で栄養状態も悪いですから病気にもなり易い。お腹に回虫を持っている子は多かったですね。そのため虫下しも学校で配ったものです。

〔回虫保持者〕おかしいと思わずに読みましたが〔チャンピオン保持者〕と並ぶと途端に可笑しいですねsmile

投稿: おキヨ | 2011年2月12日 (土) 13時23分

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