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年をとったな・・・と実感すること。

ものをまったく欲しがらなくなった・・・とまでは言いませんが、欲しいものを手に入れる執着が弱まったと自分で思います。必需品は別として、購買力が著しく落ちたなと思うものに、インテリア類、部屋に置く小物類など。。。たとへば、部屋のカーテンなどいつまでもそのままで平気。。。〔ものに飽きる〕という感覚がなくなった?

若い頃は気に入ったものなら、我が家には多少高価かも知れないと思うものでも、工面して手に入れたものですが、もうそこまでして手に入れたい気持ちなどなくなった。。。

2、3年まえに、軽井沢で見かけた猫の置物が欲しかったのですが、その高価な置物を買う持ち合わせがなく、日を置いてもあきらめられなかったら、なけなしのへそくりを持って買いに来ようとまで思ったのです。しかし、その場を離れ、こちら方面に来ればいつも立ち寄る、〔峠の湯〕に、500円なりの入場料を払い、ゆったりとした後は素敵な猫のことなどきれいに忘れてしまい、あとはたまに思い出しても、もうどうでもいいものになっちゃった。。。。

諦めがよくなった。ものに執着しなくなった、といえば言葉として潔いのですが、これは感覚的なものが〔老けてしまった〕こと以外のなにものでもありません。あぁ、つまらない。。。

bearing

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日々のつぶやき」カテゴリの記事

コメント

全く同感ですが、おキヨさんの思考回路は老いを感じさせません。
 物に対する執着というよりも、所有に意味を感じなくなっている自分を、私も深く意識しています。
 特に、「無関心」の態で過ごすのが、「一番楽だな」と、自分から「いっちょ噛み」しないで、入ってきた要求にだけ誠意を持って対応しようとしているのがこのごろの生活スパンです。
 とはいえ、自分抜きでやられるはずのないことが、声が懸からないうちに進められていることに、物凄くいらだつことも出てきますが。
   それも老いの証なのでしょうか。
   自分が居なくても充分出来ていることにも、何となく不満です。  困ったことです。

投稿: 風の樹人 | 2011年7月30日 (土) 09時25分

風の樹人様
せいぜい良く考えて、内面が〔整理〕されてきたのかな、とも思います。
〔所有の意味を感じなくなった〕は確かにあります。私は今から20数年前、突如として簡素な生き方がしたくなり、持ち物の大半を人に上げ、処分した事があります。友人関係さえ。。。それにより爽快感と豊な気分が味わえました。

そして、設立当時から居たデッサン会が複雑になってきたので自ら退会。老いのプライドがそうさせました。
”自分が居なくても、充分出来ている事も不満・・・”
人間そうはきれいに丸くなるものではありませんね。またそれでいいのだと思います。

投稿: おキヨ | 2011年7月30日 (土) 11時37分

物に執着しない・・・って、やっぱり素晴らしいことだと思いますよ。
気持ちが解放されるというか、自由になれるというか・・・shine
私も物欲はあまり強い方ではないと思うけど(同じお金が
あれば、物を買うより、世界中を旅したいと、いつも思います)、
それでもやっぱり、気に入って欲しくなるものもいろいろ(笑)
〝○○を買う〟と思って探すのではなく、ぶらぶら
ウィンドショッピング、というのは苦手なんですけどね・・・bearing

投稿: hanano | 2011年7月30日 (土) 15時04分

hanano様
もともとおっとりしていて物欲の希薄なタイプならいいのですが、年とともに興味が薄れたとなると、もうエネルギーの枯渇以外に考えられません〔爆〕
この残り少ないエネルギーを何に使うかということですね。

ほんとうに素敵な生き方をされていて羨ましい。後悔の無いようご自分の人生を思い切り謳歌してくださいねshineよき思い出を作っておけば、残りの人生も充実したものになりますので。good

投稿: おキヨ | 2011年7月30日 (土) 18時56分

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