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東善寺の魅力的な石仏たち

群馬県倉淵村権田というところに東善寺という寺があり、明治の偉人小栗上野介の墓が祀られてあります。1860年、罪なくして西軍〔明治新政府軍〕に、家族と共にこの地で斬首されました。

司馬遼太郎は日本の近代化に貢献した業績を讃え、小栗上野介を〔明治の父〕と称しています。

東善寺は寛永10年〔1633年〕に開創された格式のある寺で、風化しつつある姿で佇んでいる石仏の姿は魅力あるものでした。

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両手に何かを持っていますね。

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赤ちゃんを抱いている石仏

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後ろに回れず年号がわかりません。

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ユニークな御爺さんと御婆さんの石仏。神社の狛犬のように対になっています。

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小栗上野介の石像

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日記」カテゴリの記事

コメント

よく石屋さんなどに並んでる石仏の類いは近代工具の発達の所為か、如何にも仕上がりが奇麗に出来過ぎていて、あまり好きになれないけれど、古人が石鑿だけで彫り上げ、長い年月風雪に晒された石仏は独特の味わいがございますよねぇ。

投稿: 伊藤 | 2011年10月26日 (水) 02時29分

不勉強な私は小栗上野介については、例の徳川埋蔵金との関連でしか記憶していない人でした。
調べてみると、司馬遼太郎の評価そのままの、大変な英傑だったようですね。
改めて勉強し直しです。
ところでその埋蔵金については執念深く探している方がいましたね。
数年前、私の山荘の近くでも大々的に発掘していました。
今でもやっているのでしょうか?

投稿: 風花爺さん | 2011年10月26日 (水) 09時53分

伊藤様
留守をしていましてコメントレスが遅れ申し訳ありませんでした。

石仏はなんといっても歴史を刻んだほうが趣を感じますね。百年、2百年、この世の移り変わりを見てきたのですからそれだけの深みや味わいがにじんでいるのを感じますね。
私のたった72年とはわけが違いますsmile

投稿: おキヨ | 2011年10月26日 (水) 23時03分

風花爺さん様
留守をしておりましてコメントレスが遅れ申し訳ありませんでした。

私は小栗上野介が徳川埋蔵金と関わりのある話は全く知りませんでした。夫から幕末の(えらい人)としか聞いていませんでしたので。
おかげさまで小栗上野介の人物像が鮮やかに印象づけられました。

赤城といえば埋蔵金ですね。最近はあまりテレビの話題には上りませんが、さて埋蔵金探しは続いているのでしょうか?お宅様の山荘の下にあるやもしれないこの話題、夢とロマンに満ちていますね。

お庭など密かに掘ってみてはいかがでしょう。shine

投稿: おキヨ | 2011年10月26日 (水) 23時32分

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