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孤独の重要性

阿呆は自分以外のものも阿呆と信じている・・・ 文豪芥川龍之介の残した言葉ですが、他人のことに思いが及ばない人間 唯我独尊 自己主張の矢鱈強い人などもこの部類に入るのではと思うのです。許容範囲が狭く、自分の知りえないことを〔信じられない!〕と片付けてしまう人やすぐに他人を〔馬鹿じゃないの?〕と侮蔑する人もそうです。また〔価値観、価値観〕と言い過ぎる人も、それは自分の価値観であって、他人のことは念頭にないと思っていいのでは?。。。

日曜に〔笑点〕という番組を長年楽しんでいますが、圓楽さんが友達がいないキャラクターを売りにしています。自虐キャラですが、友達、仲間ってほんとうにそれほど大事?

今読んでいる本の中に〔孤独の重要性〕が書いてあります。人は物を考えるとき大勢の中や誰かと一緒の時にはできない。一人でいるときにしか深くものを考えることが出来ないというんですね。。。

私も芥川の言う〔阿呆〕の部類ですから、自分が友人と呼べる相手が居ないので他人もそうではないかと思っています。友達って鬱陶しくありませんかね?友達って内容のない話をだらだらとしながらどこへ行くにもつるんでいる人の事でしょ?阿呆の私はそうとしか思えない。。。

友達が居ないので一人でいることの多い私、深くものを考える時間が有り余っているわけですが・・・ それも人によりけりで下手の考え休むに似たり、のほうですかねcoldsweats01

いつも話が分散してしまいますが、長すぎるとあちこちカットするのでこういうことになってしまいます(^^ゞ

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アホウドリ

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日々のつぶやき」カテゴリの記事

コメント

・・・他人のことに思いが及ばない人間 唯我独尊 自己主張の矢鱈強い人。許容範囲が狭く、すぐに他人を〔馬鹿じゃないの?〕と侮蔑する人・・・
私のことかと思いましたbearing
人間の器がちっちゃいので、なんでもかんでもすぐ
いっぱいになります
「ふん!」って見逃せないで、ストレスになります
でも、私もこんな自分がとっても嫌なんですよ
一休さんの様に「あわてない、あわてない 
一休み一休み」と器の大きな人間になりたいのに
気になって、腹立てて、密かに罵声を浴びせて
ストレスになって、くたくたに疲れるのです
ど~したらいいと思います??

投稿: キャサリン | 2012年8月13日 (月) 16時14分

キャサリン様

自覚があるということは、そういう人間ではないということです。
ここに挙げてあることは誰しもどこか当てはまるのでは?
厄介なのは自覚というものがまるでないひと・・・。

私も器のちっちゃい人間で、このブログでもよく腹を立てています。
でも、そういう自分を少しでも改善したいという気持ちがあるだけでいいのではと私は思います。
キャサリンさん、大丈夫、貴女は善良な人間だと思いますよgood

投稿: おキヨ | 2012年8月13日 (月) 19時20分

《その2》孤独
私結婚の相手の一番の条件に同姓の友人が多い人
と思っていました、いえ、今も思っています
異性に好かれるのは、私には判断できないので
とにかく同姓に好かれて、友人が多い人が
人となりのバロメーターでした
願いが通じたのか、年齢問わずタイプ問わず
友人が多い人で、人から好感を持たれる人です
(パーフェクトではありませんが)
おかげさまで、奥様たちとも親しく付き合うようになり、いろんな方の助けを借り、主人にも
友人の方たちにも、密かに心から感謝をしています
ですが、私個人の友人は精々2~3人で
親友と呼べる人もいません
当然、私の性格が災いしていると思っています
二十歳前後ぐらいまでは、親友がほしいとか思ったりしたこともありますが、主人を見ていて
気付きました、真に欲していないことを知りました
決して相手を、好きにならない自分がいることを
知りました
言葉を当てはめれば「人間不信?」かも知れません
それもあるとは思いますが、ほんとうの所は
私にもわかりません
ただ、「孤独なタイプ」だと思います
仕事人の時、仲間と呼べる人たちの中にいても
孤独感は消えず、反って一人でいるほうが
余計なことを考えなくても良いからか、「ほっ」と
するのです
たくさんの友人や、生涯の友がいる主人に
一人の人として、ジェラシーを感じる反面
死なない限り、私には到底出来ない行為だと
思い知っています

投稿: キャサリン | 2012年8月13日 (月) 21時51分

キャサリン様

お望みどうりの方と結婚され何よりですね。
〔孤独の重要性〕は〔媚びない人生〕という本の中に書かれていて、実はこの本はこれから社会に出る若い人に向けた本です。73歳の私、よく確かめもせずに買って思わず苦笑してしまいましたが、私が読んでもうなずけることが随所にあります。
孤独の重要性は友人が少ないと悩む若い人に向けられて書かれたもので、そのことで悩む人のために書かれたものと解釈します。
人の感性はさまざま、友人が〔財産〕に思える人もいれば、私のように若い頃からあまり人と群れることを良しとしない性格の人間もいるわけで、どちらがいい、わるいの問題では無い筈です。
極端なことを言えば私は絵と本があれば生きていけるタイプ、この性格は変えようもありません。
だからといって、絵仲間やご近所づきあいはいやじゃない普通なんですよ。ただ自分の深部を語るほどの友人は居ないというだけの事なんです。
自由に動ける一人行動が好きで、友人と連れだって・・・ということも苦手です。
世の中ではこういう人間を〔偏屈〕というようですね。。。smile

投稿: おキヨ | 2012年8月14日 (火) 01時05分

孤高を誇る、というような精神性の高さとは無縁ですが、私も一人で過ごす時間が好きです。
何よりも、気兼ねとか、気遣いなどの無用な神経を使わずに済むのがいいですね。
生きていく上で、社会や他人との関係は不可欠なことだ、ということも心得ていますから、そこはそれなりに対応しているつもりです。
友達、親友?その定義は人によって異なるでしょうが、難しいところですね。
太宰治の「走れメロス」にあるメロスとセリヌンティウスのような崇高な友情は、物語の世界の話で、生臭い人の世では、憧れはあるとしても。現実には先ずありえないことだと、人生経験を通じて人は学んでしまいます。
長く良い付き合いができていた関係も、一寸した意見の違いや、妬みや、利害がからんだりすると、脆くも壊れてしまうことも、たいていの人が経験するところです。
ある距離を保ちながら、他愛の無いことが楽しい程度のお付き合い・・・。
こういうのを「友達」といえるのでしょうか?
むしろおキヨさんのいう「つるんでいる」という関係で、友情は介在していないですよね。
「淡く交わりて永し」という智恵がいつのまにか私には身についているようです。

投稿: 風花爺さん | 2012年8月14日 (火) 11時26分

風花爺さん様
友達が多いほど健全な人間のように言われるていることはいかがなものでしょう。。。
日本では古くから和を重んじ、なんというゕ、〔はみ出さない〕ことを良しとしてきたところがありますから、友人という輪の中に居ることが健全ということになるのでしょうか。。。

他の国と比べ個性的発想が育たないし、個人としての意見もはっきりと表現できないのもそのあたりに原因があるような気がしてなりません。極端なことを言ってしまえば友人、友人とこだわり過ぎは大人の人間を作りにくいのではないかと思ってしまいます。


おっしゃる通り、友人の定義があいまいと私も思います。私も出かければ団体の仕組みの中にいることの方が多いのですが、それは友人とは考えることは出来ません。会社でも同じでしょうね。
また、1対1で会話をしていても、私の場合終始絵の話しかできないのであれば単なる絵仲間にすぎません。


あの人とたまに旅行とか食事をしたい、と思うような
相手を友人というのであれば、やはり私には友人は居ませんね。
しいて言えば夫が友人かもしれません。??(^^ゞ

投稿: おキヨ | 2012年8月14日 (火) 19時54分

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