« 無駄を省く知恵を! | トップページ | 我が愛しき男たち »

私の〔三丁目の夕日〕

昨日、今日2日にわたり映画〔三丁目の夕日〕をBSプレミアムで観ていました。昭和三〇年代、東京下町の人々の飾り気のない暮らしを、ユーモアーとペーソスをまじえた、見ようによっては他愛ないドタバタ作品ですが、上映された時には大ヒットしたようです。たしかにこの時代を過ごした人にとってはいやがうえにもノスタルジックを感ぜずにはいられない要素がふんだんにこめられた映画で、この当時上京していた私にとっても懐かしいものでした。

私がある職業の資格を得るや否やすぐさま上京して最初に住んだのは両国国技館裏でした。この周辺も両国一丁目、二丁目、といった地名だったように思います。憧れの東京に住んだというのに、周辺は若い女の子が楽しめる処などなにひとつなく、両国駅近くにある小汚い喫茶店に行くだけが関の山。生涯で最も地味な暮らしをした時代ですsad

その代り、当時の人気力士を直にまのあたりにしたものです。大鵬柏戸、栃ノ海、鏡里 千代の山、大内山など当代人気力士を出げいこの帰りなどに見かけたり、部屋の前を通る時に見かけたり。。。北の冨士〔現九重親方の師匠〕は当時16,7歳ぐらいだったでしょうか、〔相撲は辛いよ~wink〕と女の子の気をひくようなそぶりを見せて通ることも。。。特異な容貌をした大内山が窓辺で涼んでいる姿はかなり強烈でしたsmile 松登という、当時の相撲通ならよくご存じのおっちゃんが隣人でした。

つい懐かしく、いま両国周辺の地図をPCで見たところ何が何だかわからない。あれほどあった相撲部屋も少なくなったようですね。勤め先から住処に帰るには回向院を通り、裏木戸をあけるのが最短距離でした。あの裏木戸が懐かしい。。。

何のことはない、自分だけ懐かしがって終わる記事になっちゃった。。。bleah

Photo

当時大人気の大鵬もボール遊びに興じている姿は初々しい少年でした。

|

« 無駄を省く知恵を! | トップページ | 我が愛しき男たち »

日々のつぶやき」カテゴリの記事

コメント

おキヨさんはかつて両国、それも国技館の辺りにお住まいでしたか。
 
私は、大相撲は観た事がないんですけれど(^^ゞ、「国技館5000人の第九コンサート」の合唱団メンバーとして、何度か両国の国技館とその周辺を訪ねています。
あの界隈は、他の地にはない、ちょっと独特の雰囲気がありますね。
コンサートの準備期間中、地元墨田区の方々との交流を持つことが出来、愉しかったです。(笑)
 
終戦後、蔵前に引っ越した国技館が、再び両国に戻ってきたのが1985年。
それを記念して始められた「国技館5000人の第九コンサート」は、以来毎年催されて未だに続いているそうですから、大したモンですね。(^O^) (私の参加したのは、多分のおそらくで(^^ゞ87年~88年ころ)

投稿: もとよし | 2012年10月25日 (木) 20時12分

もとよし様

両国は上京して初めて住んだ処なので懐かしいですね。
そうそう、その頃の大相撲は蔵前でやっていました。両国では他のイベントをやっていましたね。ボクシングとか。。。私は観なかったのですが19歳の原田がチャンピオンになったのは両国国技館で行われた時だったように記憶しています。

大相撲は1985年に両国に戻った・・・。そういえば花火も私が居たころはやっていなくて、私は両国の花火は観ておらず、これが非常に残念に思えます。despair

もとよしさんがコンサートで活躍されていた87~88年ごろは私の活躍場所はもっぱら上野界隈でした。

投稿: おキヨ | 2012年10月26日 (金) 00時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 無駄を省く知恵を! | トップページ | 我が愛しき男たち »