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探し求める旧い少女誌

学校時代、将来なりたい職業という欄にきまって〔画家〕と書きましたが、正しくは挿絵画家になりたかった。

小学校高学年になって、少女雑誌〔少女世界〕を買ってもらえるようになり、連載小説の挿絵家山本サダに憧れ、私も大きくなったらこのような少女の絵を描く絵描きになりたいと思ったものです。

山本サダの挿絵をもう一度見たいものだと思うのですが、蕗谷虹児や中原純一の絵は検索すると観られますが山本サダの絵はありませんね。。。さらに私の定期購読雑誌だった〔少女世界〕という雑誌も見当たりません。東京に出かけていた時分〔懐かしの雑誌展示会〕などに行って観ましたが〔少女の友〕や〔ヒマワリ〕はあっても〔少女世界〕はありませんでした。昨年群馬の土屋文明記念館で、明治~昭和初期の少女雑誌、婦人雑誌の展示会をやっていましたがやはりほかの雑誌はあっても、探し求めるものは見当たらず。。。despair ならばと桐生市で行われる大規模な骨董市で探してみたのですがやはり見つかりません。

昔の雑誌を今更見たところでどうってこともないのですが、探して見つからないものほど探し求めるのが人の心理というものです。delicious

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山本サダの絵 やっと見つかりました!lovely

菊田一夫も少女小説を書いていたんですね。

川端康成も少女小説を書いたようです。昔の少女雑誌は格調高かったんですね。

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日々のつぶやき」カテゴリの記事

コメント

熱血少年?だった私ですから少年向けの雑誌には耽溺していましたが、さすがに少女雑誌の記憶はありません。
少年倶楽部などの紙面を飾った挿絵画家には私も多大の影響を受けました。
高畠華宵、山口将吉郎、伊藤彦造、椛島一・・・・etc
少年時代、絵が上手だとおだてられたことはありますが、所詮、これらの画家の真似が上手だっただけで、ほどなくメッキが剥げ、以来絵を描くということには無縁になってしまいました。
古書展では懐かしい雑誌が、貴重品扱いで大事にセロファンに包まれて出ていますが、ビックリするような値段がついているので、欲しいという気はしますが手が出せません。

投稿: 風花爺さん | 2012年12月31日 (月) 11時00分

風花爺さん様

私も少年雑誌は知りませんでしたので、少女雑誌でお目にかかった高畑華宵以外の画家は全く知りませんでした。興味をもって今検索してみたところ、山口将吉郎 伊東彦造 ともに大変優れた挿絵画家だとわかりました。椛島一の絵は探せませんでしたが。。。

私の知る少女雑誌の挿絵とは根本的なところで違いますね。最も昔の少年雑誌や大人の雑誌の挿絵はトップクラスの画家たちが描いていたのは知っていました。
少女雑誌の挿絵は甘くロマンティックなものが要求されるのでデッサン力に厳しさはあまりこだわらなかったかもしれません。

旧い雑誌が貴重品扱いだと、骨董市で探そうとしても無理でしょうね〔苦笑〕

投稿: おキヨ | 2012年12月31日 (月) 12時32分


学生時代からの夢でしたか!
流石に好きこそものの… ですね。 

山本サダは知りませんが、画と言えば
新潟に単身赴任していた時、新発田市にある
蕗谷虹児記念館を二回ほど訪れました。
「花嫁人形」の色紙は今も部屋に飾っています。

投稿: | 2012年12月31日 (月) 13時48分

挿絵の画家に着目されたとは、おキヨさん、またマニアックな。(笑)
 
ともあれ相手がマイナーな分野で、なかなか見付からないものほど、コレクター魂は燃えますよね。(^ァ^)
私も(挿絵/イラストではないですけれど)絶版の漫画やLPレコードを捜しまくった覚えがあります。
 
今では、漫画は旧いものもデジタルでダウンロード出来たりしますし。 音楽ならば大概は動画サイトに。
インターネットの時代になって、情報を得やすくなりましたね。
その分、探しあてる楽しみが減ったのも事実ですけれど、こちらも昔ほどの根気は、もはやない(^^;ので、これでイイやと、想っています。(笑)

投稿: もとよし | 2012年12月31日 (月) 16時07分

菊田一夫の名前に気を惹かれます「リラの花蔭に」が何時頃のものか分かりませんが、若しかしたら「君の名は」等と同時期に執筆していたのかもしれませんね。
年内にこのお部屋に一度お邪魔しよう・・・・と思いながら、先にご挨拶を頂いてしまいました。
どうぞ良いお年をお迎え下さい。

投稿: 仙人 | 2012年12月31日 (月) 16時19分

岳様

小学生の頃、はじめて自分専用の雑誌を買ってもらった喜び。その中の挿絵の少女たちの美しかったこと。。。当時は挿絵画家に憧れる子供は結構いたんですよ。

蕗谷虹児の絵はその代表格でしたね。
私も新発田市にある蕗谷虹児記念館へ寄ろうと思っているのですが連れ合いがいつも邪魔するんですよsad

投稿: おキヨ | 2012年12月31日 (月) 19時21分

もとよし様
子供の頃女の子だれもが可愛い少女の絵を描いたものです。私は特に挿絵に魅了され末は挿絵家になろうと。。。happy01今でも出品作には女性の絵ばかり描くのは子供の頃の気持ちが抜けきらないせいと思いますね。
年をとるととにかく昔の思い出に浸りたがります。

探し当てた山本サダの絵は私の中にある絵とちょっと違うような。。。coldsweats01
思い込みって相当に美化していますね。

投稿: おキヨ | 2012年12月31日 (月) 19時32分

仙人様

昔の作家は大人向きの作品を描く傍ら、少年少女向きの小説も手掛けていたようですね。瀬戸内寂聴なども収入源の為に書いたと自伝作品に書いています。

昔の小説家や画家は〔子供は国の宝〕という気持ちだったのか、労を惜しまずに少年少女向きの作品を手がけた気がします。少年雑誌の挿絵家の力量は凄いものがあります。

毎日の無断訪問のお詫びにせめて年末のご挨拶をとおもいました。

来年も変わらずお願いいたします。


投稿: おキヨ | 2012年12月31日 (月) 19時50分

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。(昨年の記事のところに…ごめんなさい。)
私の両親は変わり者だったのか、戦争の被害が大きかったからなのか…少女雑誌というものを買ってもらったことがありませんでした。吉屋信子の少女小説も一冊も読んだことがありません。少女としてどうも欠けたところがあった(今も欠けたままです)のは、そのせいかもしれません。少年少女向けの本の梁川剛一の挿絵はどういうわけか印象に残っています。
山本サダの少女……見覚えがあります。父はどこか古本屋で仕入れて来たらしい島崎藤村の「藤村読本」やバーネットの「小公子」などを私の本棚に並べてくれたものでしたが、そのうちの一冊オルコットの「バラの少女ローズと7人のいとこ」(この題名は正しくないかもしれません)の表紙の絵によく似ているのです。戦前に丁寧に作られた本らしく、濃いグレーの布張りで表紙の中央の楕円形に描かれた少女! 山本サダではないかもしれませんが……宝物だったあの頃の懐かしい本の数々を思い出しました。ありがとうございます!
川端康成、菊田一夫の少女小説は読んでみたいものですね。

投稿: | 2013年1月 2日 (水) 15時20分

すみません。不注意で無記名のまま投稿してしまいました。前のコメントは粉雪です。

投稿: 粉雪 | 2013年1月 2日 (水) 15時27分

粉雪様
あけましておめでとうございます。
どういたしまして。昨年と言ってもつい2日前のことhappy01

ご家庭により少年少女向けの雑誌は買い与えない方針のお宅がありました。もっと質の高い本をご両親は選ばれたのではありませんか?

梁川剛一の絵はその名を知らなくても当時の子供たちはどこかで観ている筈ですものね。それだけ売れっ子の挿絵画家でしたね。
山本サダは、戦後少し経ってからのような気がしますですから、梁川剛一と中原純一のちょうど中間のような、旧すぎずさりとて中原淳一のようにモダンすぎずという絵でしたね。
少女小説の単行本の装丁も多く手掛けていましたのでおそらく山本サダに間違いないと思いますよ。good
昔は布張りの本がありましたね。姉が隠し持っていたツルゲネーフの(初恋)が濃い緑の布張りで、密かにお下がりになるのを待っていたのですがとうとう私のものにはなりませんでした。こっそり読みましたけどね。
貧しくとも楽しかったあの頃・・・ちょっといいですねこういう話wink


投稿: おキヨ | 2013年1月 3日 (木) 01時09分

粉雪様追伸

お名前が無くても文体で解りましたscissors

今年もよろしくお願いいたします。

投稿: おキヨ | 2013年1月 3日 (木) 01時13分

ネットで世界の少年少女雑誌を検索していましたら、ここに辿り着きました。
その中のページに山本サダの名前が出ていましたので、思わずコメント書いております。
山本サダは昭和13年頃から「少女の友」で活躍を始めた挿絵画家ですが、その仕事が花開いたのは戦後昭和24年頃からでした。
昭和30年頃まで、つまり漫画が台頭してくる直前までは「少女」「少女クラブ」「少女世界」「少女の友」「少女サロン」「少女ロマンス」「女学生の友」「少女ブック」その他いろいろの雑誌で大活躍しました。
これらの雑誌の連載小説の挿絵を担当して大変な人気挿絵画家でした。

ここに画像が添付されています「リラの花蔭に」は「少女の友」の昭和25年頃の別冊付録です。
これらの雑誌は九州・熊本の菊陽町図書館へお出でになれば全部見ることが出来ます。
是非一度お出掛け下さい。

投稿: まがじんじい | 2013年3月10日 (日) 16時53分

まがじんじい様

拙ブログよく探してくださいました♪ そしてコメントをありがとうございます。

山本サダの活躍期間は昭和13年あたりからですと、私の生まれる前からなんですね。私が少女雑誌を読み始めたのは10歳頃からですから、山本サダの絶頂期に絵を見ていたことになります。
ところで、山本サダは男性でしょうか?女性でしょうか? 私は長いこと女性と思っていたのですが、
山本貞という人物画の得意な画家がいて、この方が男性なのです。高齢の方なので、もし20代で挿絵を描いていれば年齢的には合うはずと思い調べてみましたがどうも別人のようでした。高名な画家たちがアルバイトで挿絵を描くことはよくある話ですので。。。


そうですか。熊本、菊陽町の図書館を訪れると、懐かしの少女雑誌が観られるのですね。
熊本には15,6年前に行きましたがその後は九州方面の旅行は考えていません、でもこういうお話を聞きますと出かけたい気になりますね。。。
わざわざき嬉しい情報をありがとうございました。

投稿: おキヨ | 2013年3月11日 (月) 00時51分

山本貞→山本サダ→山本康代が筆名の流れで、女性です。東京:中野にお住まいでした。
私も山本貞氏を見つけて、もしかしたら同一人物かと
調べた事がありますが、別人でした。
菊陽町図書館のホームページをご覧になってください。
収蔵されている少女雑誌のリストがずらり並んでいます。

投稿: まがじんじい | 2013年3月12日 (火) 12時04分

まがじんじい様

貴重な情報をたびたび恐れ入ります。
山本サダさんは長年私の思っていた通り女性だったことが判りすっきりしました。

さっそく菊陽町図書館のホームページを拝見することにいたします。

ありがとうございました♪

投稿: おキヨ | 2013年3月12日 (火) 12時37分

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