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唐突に思い出すこと

先日ツイッター仲間のtoakoちゃんが〔今夜は石狩鍋~~note〕とつぶやいたのを読んで私は唐突に〔石狩平野~♪〕という歌を思いだし、その曲をハミング出来たのには我ながら驚きました。覚えていた歌詞は〔石狩平野~〕の箇所だけ。

これもツイッター仲間の伊藤さんが〔三橋美智也の歌でしょう〕とおっしゃたのですが、私がまだ13,4の子供の頃だったのでまだ三橋美智也はデビューしてなかった。はてな?と思いPCで検索したところ霧島昇が歌った〔石狩エレジー〕という歌謡曲でした。

私が子供の頃、我が家には大人がしゃがめば隠れてしまうほどの電蓄があって、私から上の兄妹たちは思い思いのレコードをかけて聴いていたものです。

〔石狩エレジー〕をよく聴いていたのは母だったように思います。母はレコード店に出かけるような人ではなかった。兄や姉は母にレコードを買ってあげるほど精神面が大人ではなかった。

とすると、子供たちに笑顔の記憶さえ残さなかった無骨物の父が母に流行歌のレコードを買ってあげた?

唐突に思い出した歌から記憶とも言えないふとしたことを手繰り、あれこれ想うことが最近多くなりましたね。。。

Photo

霧島昇

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日々のつぶやき」カテゴリの記事

コメント

おキヨさん、こんばんは

田舎の村にも歌手が来ました。
今は人口2500人、限界集落ですが、その当時は
その方面に力がある方が呼んでいたんですね。
春日八郎や、神戸一郎などの歌は聞きましたね~。

投稿: | 2013年1月13日 (日) 19時24分

霧島昇の「石狩エレジ」は昭和28年発表で、このころは一世を風靡した歌謡界のトップテナーもさすがに歌声から瑞々しさが少しづつ失われてていく時期になっていたと思います。
歌詞の中に「馬車」が登場しますが、北海道にはまだ乗り合い馬車が走っていたようですね。
三橋美智也の「石狩川悲歌」はそれから8年後の発表ですが、この二つの曲はおキヨさんならずとも、よく混同されますね。
あと、少し投げやりな歌い方をする北原ミレイが「石狩挽歌」を歌っていましたね。
他にもありましたかね・・・。

投稿: 風花爺さん | 2013年1月13日 (日) 20時47分

岳様

人気歌手のの地方公演は楽しみでしたね。
私は高校時代大好きだった雪村いづみちゃんを観に行きました。
映画で見るより大人でびっくりしましたよ。あんなに可憐だった彼女も今はすっかりお婆ちゃんになって。。。あ、アタシもだhappy02

投稿: おキヨ | 2013年1月14日 (月) 00時35分

風花爺さん様
〔石狩エレジー〕は霧島昇の人気も下降気味の頃だったのでしょうか、それほど流行ったという気がしませんね。私がこの歌を知っていたのは母がよくレコードをかけていたからで、そうでなかったら全く知らない歌だったと思います。

私もこの歌詞をあらためて知って知りましたが、情景が浮かびますね。行きずりの踊り子と広い平野を乗合馬車で旅。通い合う心と儚い別れ。
ヒットしなかったのは歌謡界も世代交代の時期だったのでしょうか。。。

私の郷も昭和26年ごろまでは乗り合い馬車があって子供の頃乘って記憶があります。
それどころか人力車にも乘りました〔笑〕

投稿: おキヨ | 2013年1月14日 (月) 01時03分

おキヨさんの姿が見えなかったのでここまで
来てみました。
そしたらまたまた♪石狩平野の話が。。。
どんな平野なんでしょうね?見てみたい気がして来ました。

投稿: toako | 2013年1月15日 (火) 19時38分

toako様

お母さんを探している子供みたい〔爆〕
貴女の石狩鍋から石狩平野~♪を突如思い出しそれから頭の中に曲が居座っています。

北海道だもの、広いぞお~~!

投稿: おキヨ | 2013年1月16日 (水) 00時20分

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