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川に縁のある一生

私が生まれ育った家の前には、昔、大雨や台風のときにはよく氾濫を起こす新井田川流れていていました。

高校を出て仙台の専門学校へ行った下宿先は目の前に広瀬川があり橋を渡ると伊達政宗公の銅像のある青葉城跡です。 

専門学校を卒業し、東京での最初の住処は両国橋のたもと隅田川が目の前の寮で過ごしました。

結婚して社宅に住みましたがそこは土手の向こうは中川、いわゆる0メートル地帯で2年。 

転勤で現在の地方に越して来たところが国道の向こうは利根川です

川に見守られてきた一生かもしれませんねdelicious

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利根川の水位は下がったまま。中洲が増えています。かといって大雨になると怖い。。。

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県をはさんだ渡し船。車時代になってから利用者はあまりないようですね。

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船着き場

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日々のつぶやき」カテゴリの記事

コメント

母なる川、父なる山。
海から生まれた人類は水には理屈抜きで親和性を持っているのでしょうね。
私は山に入る関係で、上流から源流の流れを見ることが多いのですが、時として、変幻自在の流れに見惚れ時間を忘れてしまいそうになることがあります。

仙台の広瀬川、私は2度ほど市内から渡り、青葉城の伊達政宗公に拝謁したことがあります。

仙台は大きさが手頃で良い街ですね。
さとう宗幸の「青葉城恋唄」も仙台でなければ生まれなかった名歌ではないでしょうか。

利根川の中流で渡し舟が今でも働いているのですか!
驚きました。

投稿: 風花爺さん | 2013年6月27日 (木) 09時45分

風花爺さん様
川から離れない人生、時代めいてしまいますがふと水神の守りを感じたりします。

思えば川の源流は山ですね。ということは、母なる川は父なる山から生まれる。。。アダムのあばら骨から生まれたイヴを連想しました(^'^)

水は小さな清流も大河も人の心に深い想いを感じさせるものですね。流れが生きることに通ずるものがあるからでしょうか。。。

私の過ごした仙台は佐藤宗幸の(青葉城恋唄)そのものです。仙台には濃縮された我が青春があります。

〔島村の渡し〕は行政で運営されているので無料で渡れます。今はエンジン付きのボートなので手漕ぎの風情はありませんが、一度はこの川を渡ってみたいですね。

投稿: おキヨ | 2013年6月27日 (木) 11時28分

おキヨさん、こんにちは

川のある風景は日本に似合いますね!日本は木の国と言われますが、山と川は絵になります。新潟に居た頃、春の会議はいつも仙台と決まっていました。部下の女性にねだられたお土産、萩の月は痛手したよ。なにせ20数名居ましたからね~

投稿: | 2013年6月27日 (木) 17時05分

仙台には叔母が一時住んでいたので、若い頃に訪ねたことがあります。とても良いところですね。
川を見るのは大好きなのですが、水害をおそれる気持も強くて…。
ところで真ん中の写真ですが、「無断で火をつけないでください」…何に火を、まさか…草にですか?
(すみません。こんなことが気になるタチなのです。)

投稿: 粉雪 | 2013年6月28日 (金) 00時38分

岳様

川のある風景は抒情的ですよね。千曲川のほとりで過ごしたことがないのが惜しい!岳さんは日本を方々ご存じですね。そして私が元も好きな地方にお住まいです。
私が仙台に居たころのお土産の定番は笹かまぼこと三色最中でした。萩の月は当時存在すら知らなかったですよ。

女性にねだられてですと・・・?この色男!wink

投稿: おキヨ | 2013年6月28日 (金) 01時03分

粉雪様

仙台に行かれたことがあるんですね。いい街ですよねぇ。今はどうかわかりませんが、暮らしやすい美しい地方でした。私の父が仙台出身なのです。

無断で火を。。。あれほんとだ!
おそらく近くの住民が無断で野焼きをするのを防ぐためだと思いますよ。
それともゴミをここで燃やす人もいるのかも。。。
広い河川敷ですが火は危険ですよね。

投稿: おキヨ | 2013年6月28日 (金) 01時17分

妙な看板…そういう意味でしたか。
「岸辺のアルバム」と言うドラマの背景にもなった多摩川の氾濫が40年ほど前にありました。その頃、都内の多摩川の近くに住んでいて、そのあたりも危険を感じるほどに増水しました。
日頃は美しい流れも、怒れる川に変わる様子は恐ろしく、命を与えるものは、時として命を奪うのだと思いました。
山や川の見える自然の豊かな所に住みたいのはやまやま、主治医にも空気の綺麗なところへ…と勧められてはいますが、今更住まいを移すのは容易なことではありません。
おキヨさまの環境を羨ましく思います。

投稿: 粉雪 | 2013年6月28日 (金) 11時39分

おキヨ様
あなたの“みずみずしい”感性は、きっとそれらの川によって育まれたのでしょうね。
『青葉城恋唄』を思い出し、いま聴いています。

「あの人は もういない」は、きっとおキヨさんを偲んで、若い頃の“彼氏”が歌っているのでしょう(拍手)。

投稿: 矢嶋武弘 | 2013年6月28日 (金) 11時41分

矢嶋様
まぁ!以心伝心というのでしょうか、このコメントを拝見する前に貴ブログを訪れコメントを入れさせていただきました。
何度聞いても情緒豊かな美しい曲と歌詞ですね。
佐藤宗幸さんもあれ以上の傑作は難しいのではないでしょうか。。。
思い入れの深い大好きな曲です。

投稿: おキヨ | 2013年6月28日 (金) 12時06分

粉雪様
コメントレスが前後してごめんなさい。

〔岸辺のアルバム〕良いドラマだったらしいのですが私は観ていませんでした。
昔は川の側に住む家は危険と隣り合わせでしたね。今はダムなども出来、危険は一応ないとされていますが昔は私の住む近隣も川の氾濫による大災害の歴史を刻んでおります。利根川と云えば坂東太郎の異名を持つ大変な〔暴れ川〕でした。

この地に越した時にはあまりの田舎に泣きたくなりましたが〔苦笑〕今ではこの地より良いところはないとさえ思えるようになりました。住めば都でしょうね。。。

投稿: おキヨ | 2013年6月28日 (金) 12時20分

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