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怒れる人鎮まる

書店で目的の本以外にあと1、2冊と思う時、手に取ってしまうのは、佐藤愛子や曾野綾子両女史の本。好きですねぇ、年中今の世、今の人を怒っているイメージのお二人。。。

私より上の、戦前戦後をたくましく生き抜いてきた女性の目線で、切れ味のいい文章のエッセイをお書きになるお二人の、先に読み始めたのは佐藤愛子さんの〔幸福とは何ぞや〕 おや、いつもと違ってちょっと風向きが。。。 

〔怒ることでエネルギーをかきたててきた〕という佐藤愛子女史、もう〔怒ったところで仕方がない〕という心境に至ったとのこと。

そういう気持ちになったのは〔さまざまな事情をくみ取るようになったから〕だとおっしゃる。。。

〔人生を重ねていく中で、数々の失敗、苦労 理不尽に出会いその都度折り合いをつけてきたから。老人にとって良いこととは、様々なことを受け入れる力をもつことや、少し離れたところから俯瞰した目線で物事をとらえることが出来るようになることだとおもいますとあります。。。

う~ん、彼女はもう青空に浮かぶ入道雲のような怒り方をしない、物分かりのいいご老人におなり遊ばした?なんだか肩透かしをくわされたような寂しさがあります。weep 

私も老人ですが、まださまざまなことを受け入れる力なぞ持っていない、俯瞰的な目線で物事をとらえられない。私が〔未熟者〕という劣等意識を払拭する日が終生無いとおもうcrying

 

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佐藤愛子さん

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コメント

いつも何かに腹を立てていて、それをエネルギーにしている佐藤愛子さんもものごとを俯瞰してみることができる境地に達したようですね。
私は「俯瞰してみる」ことは諦観だとか、上から目線だとか、受容するとかとは違う態度だと思っています。
何かに能動的に向き合う準備体操のようなものではないでしょうか。
自慢話と受け取られかねないことを恐れずに言いますと、私が長い会社員生活の終わりのころに会得できた(あるいは、できたという錯覚かも・・・)ことが「俯瞰してみる」ことでした。
まだ、年功序列が普通の時代でしたから、年功を重ねれば黙っていても地位は上がっていきます。
それに伴って周囲との葛藤や、抱える問題も大きく複雑化します。
そうした渦中で、部下と同じレベルまで下がってムキになって議論してしまったり、ドツボに嵌った状態で問題解決の糸口が見えなくなったりします。
そうしたとき、何とか冷静さを取り戻し、頭の中で事態を俯瞰してみます。
そうすると、全体像が見えてきて、口角、泡を飛ばして熱くなっていた議論も”何だ、大したも問題じゃないんじゃない”とか解決へのヒントが閃いたりするのです。
佐藤愛子さんがその境地に達したことは、加齢もその一因でしょうが、それだけ円熟し、人間として一回り大きくなった、という見方もできるのではないでしょうか。
その気になれば人は幾つになっても、心の筋肉を鍛えることができる、そんなふうに思えるのですが・・・。

投稿: 風花爺さん | 2013年7月17日 (水) 08時58分

風花爺さん様

人は責任ある立場に立たされることで自分でも今まで知らなかった能力を発揮できるのではないでしょうか。年齢的に充実した頃にぴたりとそれが当てはまると、数倍もの力を発揮でき、社会的にも完成度の高い人間力?が培われるものと思います。
少なくとも私達の年代はそういうものと思える時代でしたが、昨今はどうでしょう、責任の重圧に耐えきれず、メンタル面での症状を起こす人がいろんな分野の職業で増えているようです。ひとつは世の中が複雑になったこともあるでしょうが、人間がひ弱になっている?大人になり切れていない?
極端な見方かもしれませんが、最近の人、顔と年齢が合わなすぎる。。。。内面の幼さが顔かたちや表情をつくる、とは断定できませんが、どうも気になって仕方ありません。。。

今の人達の頭の良さ、鋭さでやり手と云われる人物でも、総体的な〔大人〕としての何かが欠落していれば俯瞰した見方が難しいかもしれませんので部下の統制力にも問題が生じるではと思います。これを書けばまた延々となるのでここらで止めておきます。。。~~

なんだかあらぬ方向に発展してしまいましたが、
佐藤愛子さん、年齢で頑張りが利かなくなったという見方もあるし、思いが通じる時代ではなくなった、という見方も出来ます。
曾野さんのほうはまだ社会的な活躍をされて怒りの表現はさほど強烈ではないにしても収まらない部分をお持ちのようですね。。。

的外れなレスボンスすみませんでした(ペコリ)

投稿: おキヨ | 2013年7月17日 (水) 11時15分

佐藤愛子さんは私の母に近い年齢ですが、画家や作家など共通の自由人の様な、感覚では理解し難い部分が多い様に思います。生き様が一茶や夢二とダブって見えます。戦後の厳しい中を生きて来た強さでしょうか?私は団塊の世代で競争社会でしたので、勝ち組があれば負け組みもあると言う厳しさがありました。今故郷に戻り上下関係の無い同級生などとお付き合いしていると、方の荷を下ろした心地良さを感じます。それにしても「心の病」を患っている方が多いのには驚かされます。

投稿: | 2013年7月17日 (水) 18時14分

岳様

貴男のお母様と80代後半の佐藤愛子さんが同年配なのですね。あの年代の女性は戦争を体験しているので生き方、ものの考え方がその下の年代とは違うんです。私も戦争を体験しているといってもほとんど幼児でしたので、佐藤愛子さんの年代とは全然違うと思います。

勝組負け組という身もふたもない言い方言い方は嫌ですねぇ。と言っても現実には皆さんそういう社会で生きて行かざるを得ないわけですものね。それに比べると人材を必要とされた高度成長期の時代に生きた私達はみんな勝組ではなかったでしょうか。。。

心の病は本当に多いですね。おかしな事件が多いのもそのせいだと思いますよ。

投稿: おキヨ | 2013年7月18日 (木) 00時00分

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