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昭和が猛スピードで消滅する。。。

群馬県世良田に私の好きな昭和初期のものらしい建物が並んでいて、画材を買いに行くときこの道を通るのが好きでしたが、それがここ数年で風情のある建物3件を残しあらかた消えてしまいました。そして2年前十字路のひときわ昭和の匂いを醸す瀟洒な建物が無くなり、がっかりしている間もなく、さらに道を隔てた向かい側の洋館が無くなってしまいました。そして今年になり左側の、これは重厚な日本家屋の取り壊し作業をしていました。つまり、好きな建物全部が消滅。。。(ー_ー)!!

世良田に限らず、我が町もすでに古き良き時代の建物がだいぶ少なくなり、ビルやマンションに変わりました。 

個人所有の建物はともかく、先日は郷の町のシンボリックな洋館が取り壊されることを知りこれはショックを受けました。

他県では同じような建造物が県の重要文化財になっているというのになぜ取り壊しになるのでしょう? 

世の中は私の郷愁などお構いなく猛スピードで変化するばかり。。。

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次に通ったときは更地でしょうね。。。

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日々のつぶやき」カテゴリの記事

コメント

日本人は古い物を余り大事にしないのでしょうか?
外国はアンチィークとして人の使った物を
大事にしますよね。
おキヨさんの画題になる建物・・・、残念ですね~。
箱ものは情緒がないですから。

投稿: マーチャン | 2014年3月16日 (日) 07時28分

マーチャン様
こと建物に関してはそうですね。潔いというか惜しげもなくというか。。。
保っていても限度のある材料でできているせいもあるでしょうね。
壊してしまう理由と事情が勝るのでしょうね。惜しく無い筈がないと思うんです。

個人的には寂しい限りですweep

投稿: おキヨ | 2014年3月16日 (日) 11時53分

欧州では何百年にわたって住み続ける石造りの民家がいまだに健在で、自然と一体になった詩情溢れる田園風景を見せています。
日本でも戦前までは日本の風土に適した萱葺き屋根の日本家屋が長いこと普通の民家の姿でした。
戦後の高度成長で快適な暮らしを手に入れ始めると、萱葺き屋根の家屋での暮らしがいかにも快適と程遠いものであるかを知ってしまました。
必然の流れとして、一見瀟洒な、しかし、風情に乏しい文化住宅みたいなものが日本中にはびこってしまいましたね。
しかし、もう戻れない道でしょう。
あの粗末な家で厳しい冬を過ごすことが、人の命を縮める一因になっていたことは間違いないと思えば・・・。
私たちに郷愁を呼び覚ますあの原風景は、もう記憶や記録の中にしか残っていないのですね。

投稿: 風花爺さん | 2014年3月16日 (日) 20時45分

アノ建物ですね。私は国道354号が好きで(道路オタク?)、ついでに深谷方面も時々遊びに行くので
よく知ってます。
あの建物はひょっとしてそっくり引いて裏手に移す?
おキヨさんの見えない左側に曲がると、土台らしき物が作ってありましたが…。
ただ私の早とちりかもしれません。

余談ですが、あの交差点を過ぎてすぐ左にある朝日家という大和イモ料理の店、料理は店主のおばぁちゃんの手作りで値段もお手頃でとても美味しいです。

投稿: バルおばさん | 2014年3月16日 (日) 21時05分

おキヨ様、こんばんは。
 仰る通りです。山や川などと同じように風景に溶け込んだ建物にも郷愁があるものですね。田舎に帰っても、小・中学校などが統廃合などで更地になってたり、味気ないビルに変わってたりしててがっかりさせられます。
 翻って長きにわたり銀座のシンボルであり続ける「和光」は今年で82年になるようですが、その偉容は何ら色褪せることなく、周辺の新築ビル群を圧倒してるように思います。東京駅も復原改修され、百年前の竣工当時の姿を見られるのは嬉しいことです。
 平成も早26年ですから何処の地でも街並みが変わって行くのは仕方ないとしても、あの建物だけは絶対残して欲しいと誰もが願うものもあると思います。ただ建物は音楽や絵画のようにはいかないですよね。

投稿: 宵待ち草 | 2014年3月16日 (日) 21時21分

風花爺さん様
静養の石造りの建物と日本家屋では保存の率は勝負になりません。
建造物は不思議とその国の自然美にぴたりとマッチとしたものが作られるものだとつくづく思います。
日本の風景によく似合うのはあの藁屋根が一番ふさわしいのですが、一度快適な今風の住居を知ってしまえばもう不便な昔には戻れません。馬車と車の違いほどありますものね。。。
30年ほど前に幾度か行ったことがありますが、新潟の山間部に藁屋根集落があって、絵描きがよく訪れたようです。
現在はもうほとんどが新しい建築となってしまっているのを先日ネットでみてしまいがっくりしましたが、考えたらそのまま暮らせというのは酷というもの。。。
懐かしいというよりあの集落は夢だったのではという気さえします。

投稿: おキヨ | 2014年3月17日 (月) 00時36分

バルおばさん様
バルさんもあの道を通ってJ.ホンダへ出かけるのね^^
建物の取り壊しは伝染するみたいね。最初の一軒が取り壊しになると周囲も取り壊しになることが多い気がします。
あの周辺の建物をよく描きました。鍛冶屋さんや自転車やさん、古い小さなお店屋さん、みんななくなりましたね。

朝日屋さん知ってる、知ってる!
美味しいと知ったらこんど是非寄ってみます。この手の料理は大好きですから。
情報ありがとうwink

投稿: おキヨ | 2014年3月17日 (月) 00時48分

宵待ち草様
私達が旧い建物を懐かしがると同様、時代が進めば、味気ないと思う今の建物も風合いをまし、子供たちが老人になる頃、同じことを言うのではないかと思うのです。こうして時は流れるのでしょう。
東京にはもう十数年行っていませんし、これからも行くことは無いと思います。
上野駅も変わるらしいですね。
猪熊源一郎の懐かしいあの絵はそのまま残されるでしょうか。。。
形あるものはいつかは無くなるもの、仕方ありませんね。惜しいもの、勿体ないものを見極めているのかという疑問もわきますが。。。
それにしても、日本人の固執しない潔さはこういうところにも表れているんですね。

投稿: おキヨ | 2014年3月17日 (月) 01時05分

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