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愚かに一日を過ごす(ー_ー)!!

”足るを知る者は富む 老子の言葉でしたっけ?

足るを知るものはたとえ貧しくとも精神は豊かである。。。  人間の欲望にはきりがない、分相応で満足すること。そういうことでしょうね。

そういう意味では私愚か者の最たるもの。生涯愚作に振り回されて終わるに違いない。  今日も今日とて、よせばいいのにアトリエの隅っこから旧~い薔薇の絵を引っ張り出しました。他に描きかけが山ほどあるというのに。。。  当時はめくら蛇におじずで、到底無理なサイズのキャンバスに、無理なモチーフを無理な構図で描いた思わず絶叫したくなるような酷いもの。 

いっそ、全部塗りつぶしてしまえばいいものを、何か未練がある。。。こんなものでも当時は苦労して描いたもの、どこかを残して、などとケチな考えをするものだから余計にややこしくなります。

それなのに愚かにもこの同じ腕で何とか出来るのではとおもうんですね。。。かくして貴重な一日を徒労に。。。貧しい腕を認め足るを知るべしです。そうすれば悪あがきすることもなく心も豊かであるはず。。。

でもね・・・”努力するものは志あるもの”とも言います。(^_-)-☆ 天性の能天気なのだヽ(^o^)丿

 

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 今回は写真でごまかして…(~_~;)

後日上手く云ったら件の絵をUPします。うまくいったら、です。

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絵画」カテゴリの記事

コメント

格言には意味の反対が
両方ありますよね。happy01
先人の知恵なんでしょうね。
悲観的な事も色んな方向からみれば
楽観的になれる・・・。
おキヨさんは 絵と言ういつも向き合う物があって
人生退屈なしでしょうね。
ある意味、羨ましいです。
私は 怠け者ですから、何にもする事がないと
テレビとお友達です。
つまらないテレビでも ・・・ながらテレビです。

投稿: マーチャン | 2014年5月 9日 (金) 09時23分

そうなんですよね。
老子はここで二律背反を言っているらしいのですね。
「分を知る」ことは大切でしょうが、あまりに低いところで「分」をわきまえてしまうと、折角の伸び代があたら埋没したままになってしまうでしょう。
かと言って、自分の才能を過大に見すぎて、柳に飛びつく蛙さながらの徒労を繰り返すことになってしまいます。
自分の「分」を正確に見極めることなどできっこない人間は、一生、老子の言葉の狭間で揺れながら過ごす生き物なんではないでしょうか。
だから「徒労」また良し、でその繰り返しで大いに馬齢を重ねましょう。

投稿: 風花爺さん | 2014年5月 9日 (金) 09時36分

おキヨさんの場合は長年の貴重な体験が基盤になって現在があるわけですから、たとえどの様な出来の絵も、気分良く描けている絵も全てが自分の歴史です。描き直すにしても何処かにそれを描いた時の筆跡を残して置きたいのが当然だと思います。
それが自分が絵の中に生きた時間の証しですから。
そんな絵もそれと無く巻末にアップして見せて下さい。
私の場合はおキヨさんの2桁以下(否、3桁)の数ですから、全部残してあります。
新たに描く時は全て白いカンバスです、新しいフィーリングをどう描こうかわくわくしながら・・・・。

投稿: 仙人 | 2014年5月 9日 (金) 09時46分

マーチャン様
おっしゃる通りですね。
同じ一つの事柄から悲劇的な見方も、喜劇的な見方にもなるものです。
物事をどの様に受け止めて生きて行くか人それぞれですね^^
若かりし頃の夢が結果的に単なる退屈まぎれになっていますが、これが現実私に見合った生き方で結構満足しているんですよscissors

投稿: おキヨ | 2014年5月 9日 (金) 11時46分

風花爺さん様

老子がこのようにどっちつかずのことを云うものだから、幼稚な精神の私うおさおさせられているんです〔つまらぬ冗談でスミマセン^^〕
分をわきまえる、ということをどの年代で知るべきかな、とおもいます。あまりに若く知ることになると夢も希望もない人生になりかねませんし、いい年をして捨てがたい夢の片りんをぶら下げているというもの気恥しい気もします。
それでもいまだになにがしかの〔新たなるもの〕に挑戦することは捨てがたく、こうなれば〔究極の暇つぶし作業〕と開きなおっています。

投稿: おキヨ | 2014年5月 9日 (金) 12時00分

仙人様

先ほど貴ブログにて力作を拝見したばかりです。
新しいお仲間を得たような嬉しい気分で高揚しました。
たしかに、自分にとっての力作?も愚作もすべて私の歴史なんですね。はっきりもううしてすべて愛おしい。
その絵にその〔とき〕が詰まっています。すべて捨て去るには忍びない、というところがありますね。

そうですね。昔拝見しました。描かないとおっしゃるにはかなりの数だと思います。
大作に焦点を置いている方は小品はあれほどない画家もいます。
良い作品には大小は無関係です。
共に小品の名作を目指しましょう。
高齢者が夢を語って悪い筈はありません!shine

投稿: おキヨ | 2014年5月 9日 (金) 12時16分

おキヨさん、こんばんは

老子、孔子、孫子に孔明と、すべてが道しるべの様な人生出あったかも知れません。吸収できるものは全てと言う気持でしたが、全く身についてはいませんね。行きあたりばったり、それでも大将を務めて終りました。

投稿: | 2014年5月 9日 (金) 19時29分

岳様 こんばんは。

それで吸収しているのですからいいのです。
知識があれば必要なときにその格言なり言葉が役に立ちますよね。

努力や知識はその人となりを形成するので、身に付かないと思うのはご自分だけで、傍は見抜いているものです。


投稿: おキヨ | 2014年5月 9日 (金) 23時37分

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