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銀座画廊が消える?

Y新聞土曜の掲載される芥川喜好氏の〔時の余白に〕が好きでいつも楽しみに読んでいますが、今回の話題は銀座が様変わりし、一時期〔画廊の街〕と云われた銀座にその香気が無くなってしまった、ということです。 

〔時代の美術を面白くした画廊は役割を終え代替わりし、あるいは銀座を離れ、または消滅し画廊地図は一変しました〕と書いてあります。 

そうか、画友達からも銀座の画廊が少なくなっているというのは聞いてはいたが、芥川氏にこうはっきりと書かれてしまうとちょっとショックですね。

いまから30年ほど前ぐらいまではまだ画廊の街銀座は最盛期中だったと思う。私達〔絵仲間〕のような、絵画団体のしがない1会員でさえも  好きなようにグループ展や個展が出来たのはそれだけの数の画廊が存在していたからでしょう。

自分の作品が如何ばかりのものかさえ判らなかったからこそ出来た展覧会。それでも銀座には絵画好き、というより〔画廊趣味〕の人達が大勢いて  見てくださる方が居たし、買ってくださる方もいました。 

そうか・・・思えば我が第2の青春の場所、銀座の画廊が消えつつあるのだ。これも時代の流れ、いまではもう私のまったく知らない銀座なのでしょう。

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F4号 蓼科山  

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日々のつぶやき」カテゴリの記事

コメント

本当に銀座は変わりましたよ~。
まず有楽町駅前なんて昔の面影はまるでありません。
これからオリンピックへ向けて、銀座だけでなく東京自体がどんどん変わって行くんでしょうね(^-^;

投稿: 和乃香 | 2016年2月29日 (月) 18時43分

おキヨさん、こんばんは

私にとっての銀座、昔はソニービルとマキシム・ド・パリでしたが、昨年その老舗も閉店しましたね。最近はアップルショップなどを訪ねる程度ですが、大陸の方が多くてビックリです! 今も昔も、銀座で生き残るのは大変でしょうね?

投稿: 岳 | 2016年2月29日 (月) 19時45分

おキヨさんこんばんは。
(* ̄ー ̄*)そうか銀座は大切な思い出深い青春の1ページなんですね。
そうとも知らず、おちゃらけコメばかりですんまっせん。
ばってん、思い出として振り返る時間がある今の幸せ、生きてきた証かもしれませんね。
(◎´∀`)ノまだまだこれからですよ。ご主人様と伴に仲良く(*゚▽゚)ノお暮しくださいませ。
とゆうより、人生の突っ込みを失礼!アドバイスを沢山くださいね。happy01 未熟なmitakeyaより。

投稿: mitakeya | 2016年2月29日 (月) 22時01分

和乃香様
おそらく、今私が銀座に行ったなら迷子になるかもしれませんね(^_^;)
銀座は3日でどこかが変わるといわれますからね。
私のほうでも懐かしくはあっても銀座は過去の街です。お好きなように変わりなさいと。。。good

投稿: おキヨ | 2016年2月29日 (月) 23時16分

岳様 こんばんは。
ソニービルは銀座の象徴でしたよね。
象徴的なものまで惜しげもなく無くしてしまうのが日本人だそうで、まさにその通りですねぇ。。。
銀座どころか、我が家のお爺、生まれ故郷である東京は嫌だと言って行きたがりませんcoldsweats01

投稿: おキヨ | 2016年2月29日 (月) 23時32分

mitakeya様

そうですよ。私は青春時代をたくさん持っていますgood
いえいえ、どういたしまして。人は十人十色いろんな方がいて楽しいではありませんか。貴方のような肩の凝らない方好きですよscissors

あのね、我が夫婦実は仲が悪いのですよ。今更仲良くできません。
人間未熟でない人など滅多にいませんよ~wink

投稿: おキヨ | 2016年2月29日 (月) 23時45分

街は生き物で、刻々と変わっていくとはいえ、
愛着のあった場所がなくなってしまうのは
一抹の寂しさを感じますよね。
東京には縁がなくてあまりよく知らないのですが、
京都を離れてはや十数年になり、たまに帰る度に
街が変わっているのを目の当たりにすると、
家族がいるとはいえ、だんだん知らない場所に
なっていくような気が時々しています。

投稿: hanano | 2016年3月 1日 (火) 00時01分

Hanano様
本当にそうですね。
ヨーロッパなどにしても人の生活がある以上、多少の違いこそあれ変わっていくでしょうし、それが自然なのかもしれません。

古都と言われる京都にしても、一般庶民の生活は他の都市同様近代化せざるを得ないでしょうね。

そうなんです。故郷があまりにも様変わりが激しいと
帰っても居場所がない気持ちにさせられます。これは悲しいと言うか虚しいというかweep

投稿: おキヨ | 2016年3月 1日 (火) 12時29分

銀座には日動画廊のような大きなものから、間口一間の小さなものまで実にたくさんの画廊がひしめいていました。
企業メセナが流行っていた時期、私の会社でも御幸通りで画廊を始めたましたがうまくいきませんでした。いわゆる武家の商法だったのですね。
土一升、金一升の銀座で、バブル時代ならともかく、これだけ財布の紐を固く締める消費動向の時代では、画廊経営はとても難しいことだろう想像できます。
かつての銀座を象徴するような小さな老舗、瀟洒な画廊、古風なバーなどが息を潜め、ただキラキラしている異質な商業文化が席巻しているようです。
どんな姿であれ銀座が日本を代表する消費の街であり続けることには変わりがないでしょうが・・・。


投稿: 風花爺さん | 2016年3月 1日 (火) 15時53分

銀座はまさに成熟した大人の街…と、当時の群馬の
イモ姉ちゃんは憧れてました。
ましてや画廊オーナーなんて、どう表現すればいいんだべか?的存在(笑)。
どこもかしこも京都も、経済の為とはいえ、観光に特化していくのはいかがなもんかと。

投稿: バルおばさん | 2016年3月 1日 (火) 16時12分

風花爺さん様

銀座にはいつごろからあのように、画廊が増え始めたのでしょうか。私が絵を勉強し始めた頃にはすでに銀座画廊の街、の雰囲気でした。バブルが拍車をかけたようですね。
バブル時代は絵描きも画廊も良き時代でした。お互いの立場をきちんと意識しながら生きていくことができました。
画廊も展示された絵が売れる売れないで大きな違いを生じます。
今の時代の厳しさが画廊が減ってしまった大きな原因かもしれませんね。つまり世の中絵どころじゃなくなった。いろんな意味で余裕がなくなった、というところでしょうか。
良くも悪くも新しい時代の到来なのでしょうね。

投稿: おキヨ | 2016年3月 1日 (火) 18時59分

バルおばさん様
私が田舎にいた頃は東京=銀座でしたね。
何をするにしても東京でなければ!という勢いで上京し、うまい具合に東京の男にだまされて結婚しシメシメと思った途端に現地方に永久転勤。。。shock
こんなのありぃ!?再びいもねぇちゃんに逆戻りだがね~〔貴女と私だけの言葉(*^-^)〕
でも当時は若さで東京に通える距離でした。

投稿: おキヨ | 2016年3月 1日 (火) 19時13分

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