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コテコテの上高地風景(^_^;)

先日、アトリエの大掃除で旧い絵や途中で放棄したままの絵が出てきました。5,6年前に行った上高地の絵も数枚出てきたので、ちょっと手を加えUPしました。

かっぱ橋付近からの絵は、かなり腕の良い画家でも自嘲気味に〔絵葉書的になってしまう〕と言い訳するくらいですから、私などは言わずもがなのこと事。 

いっそ描かなければ問題はない筈なのに、行ったからにはどうしても描いてしまうんですね、これが。。。(~_~;)

SMやせいぜい4号ぐらいならどうにかごまかせますが、10号となると手こずります。↓

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F10号 誰が見ても上高地風景eye

明治、大正の画家たちもこの風景をいろいろ角度を変えたり、立ち木を利用して独自性が出るよう工夫を凝らしていますがやはり難しかったのではと思います。

しかし、明治大正、昭和の文人墨客も上高地に好んで出かけたようですね。

芥川龍之介など登山もしたというのですから交通の不便なあの時代大変な旅支度だったのではないでしょうか。

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絵画」カテゴリの記事

コメント

河童橋からの穂高の眺めは間違いなく絶景ですが、これだけ定番中の定番の風景になり、誰もが知っているようになると、あまりに通俗的で返って絵にし難い対象になってしまうのでしょうね。
芥川龍之介は明治42年8月、府立三中の同級生3人で槍ヶ岳に向かっています。
かれはこれを『槍ヶ岳に登った記』という作品にしています。
ところがこの作品を読んだ限りでは彼らが槍の頂上に立ったのかどうか不明なんです。
途中のどこかでフイに雷鳥が「ギャー」と鳴く描写で終わってしまうんですね。
とにかくこの作品を読むと、何とも落ち着きが悪くて消化不良の気分にさせられてしまいます。

投稿: 風花爺さん | 2016年7月25日 (月) 06時21分

おキヨさん、おはようございます

私の若い頃見た上高地というと、河童橋からの風景よりも大正池に枯れたつ木、その後方に見えた穂高連峰。そんなイメージが強烈に残っています。今は池に木がほとんど無くなってしまい残念です。私も10号で描き始めましたが、その後全く進んでいません。coldsweats01

投稿: 岳 | 2016年7月25日 (月) 08時09分

風花爺さん様
まさに絵に描いたような風景で、知名度は富士山に勝るとも劣らず。それが富士山はさすがに敬遠してもなぜか上高地は描かずにいられない、というところがあります。おそらく絵描きはみなそういう気分にさせられる、いわば魔の風景美?でしょうか^^ゞ

芥川が槍ヶ岳に登山した頃の装備を見ましたがあの恰好で槍ヶ岳は困難だったかもしれませんね。
もしかして途中断念?
作家ですもの登ったことにするかもしれません^^

投稿: おキヨ | 2016年7月25日 (月) 10時45分

岳様 こんにちは。

そうなんです。私も30代の頃初めて上高地へ行き、大正池の枯木立がいいアクセントになったのを知っていますが、今はのっぺらぼうの池になってしまい面白くありません。

お!やはり描きましたか(^.^)
では仕上げましょう。大丈夫、この風景は大家は別として誰が描いても一見同じように仕上がりますsmile

私もまた挑戦してみます。スケッチがたくさんあるので。。。

投稿: おキヨ | 2016年7月25日 (月) 10時54分

そう言えば、上高地はどこを撮っても絵になるのですが、写真を撮るとみんな絵はがきになってしまいますねえ。

投稿: OKCHAN | 2016年7月25日 (月) 11時06分

OKCHAN様

でしょう。日本屈指の風景美が写真家や画家には戸惑いの風景となっています。
頑張れば頑張るほど絵ハガキになってしまいます。

気が収まらないのでもう一点描いてみようと思っています。

投稿: おキヨ | 2016年7月25日 (月) 20時56分

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