雑記

歴史に見るカニバリズム

先日亡くなった同郷の作家、三浦哲郎の作品を追悼の意味をこめて数冊読んでいます。先ほど57年に書かれた〔おろおろ草紙〕を読み終わりましたが、作家自身書く事がためらわれ幾度か筆が中断したというほど凄まじい、東北地方の〔天明の大飢饉〕を歴史に基づいてかかれたものです。

物語は、南部八戸藩の天明の大飢饉の際の地元に起きた地獄絵図を、十六文隊と名づけられた鉄砲隊、小十郎を通して日誌風に書かれた中編です。作者は歴史の事実を、特徴である端正な文体で、飢えた人間は最終的に〔共食い〕にいたる事実を書いてあるのが余計にそのおぞましさを浮き上がらせています。

私もこの土地に生まれ育ったものとして、大飢饉に見舞われたこの地の歴史の語る切れ端ぐらいは聞き及んでは居ましたが、あくまで〔怖い昔話〕として受け取っていたものです。しかしそうではなかった、ということがぞっとするほど肌身にせまる思いをさせられる物語となっています。小説の中では実家周辺や馴染み深い場所、地名がいたるところにちりばめられていて、これほど複雑、かつ身近な思いで本を読んだのは過去にありません。。。

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モテた?話

昨日、久しぶりに若かりし頃住んでいた町を通った記事を書きましたが、ちょっと思い出したことを。。。

私がK町に越してきたときはまだ20代後半。近代的に様変わりした町も、40年前はまだ軒の低い民家が道に沿って細長く続くだけの〔村〕でした。私は当時まだ免許を持っていなかったので、H市まで買い物に出るのに、1日に数回しか通らないバスに乗るしか手がなく、不便を感じていたのですが、小さな村のこと、すぐに近所の住民と顔見知りになりました。住民は大概親切で、バス停に立っていると〔社宅の人だんべ、町まで行くなら乗ってんかい〕と声をかけてくれます。そのうち、顔見知りになった近くの農家の息子I君が我が家にわざわざ寄ってくれるようになりました。

私も当時は結婚はしていても20代という若さ、若さゆえの特権、〔さては奴さんに惚れられちゃったかナsmile〕といううぬぼれが。。。ほっそりとインテリジェンスを漂わす鄙には稀な面立ちのI君に悪い気がするはずもありません。そのうち、町にでて、私が買い物をし、喫茶店で待ち合わせをする間、彼が何をしているかが気になり、聞いたところ、〔同級生の家が近くなんで。。。〕〔そう・・・同級生って男?〕〔女・・・〕というI君の顔になんとなく含羞が走ったのを感じました。

何のことはない、私はI君が想う人に逢う口実に利用されていたんですねぇ。。。bearing彼は私を町まで車に乗せてくることで、好きな女性に堂々と逢えるきっかけを作っていたに過ぎないのでした。く○ッ!・・・  えらい昔の話ですみません。。。coldsweats01

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パジェロが流行ったころですから20年前でしょうか?happy01

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どこのオババかな!?

徹夜で絵を修正した翌朝、サニタリーの鏡に映った我が顔を見て〔ギョッ!!〕そこにあるはずの吉永小百合似の美貌はどこえやら、無残な老婆の顔があるではないか。。。wobbly  あのね、私ぐらいの年代にならないとお判りにならないと思いますが、〔またぁ~、おキヨの大げさ話がはじまった〕とお思いの方、この年での徹夜がどんなに顔に祟ってしまうかご存じないのです。

まず顔全体のつや〔もともと艶などとっくにないのですが、さらに。。。〕がなくバッサバサ。目元がたるんでショボショボの半眼、まるで絵に描いたような婆さんで生気がありません。年に2度は一睡もしないで絵を描いていることがありますが、もうそろそろよしたほうがいいかも。。。さもないと〔どちらのオババさまで?〕と鏡に問いかけるような事態になりかねません。

その甲斐あって、胸に落ちる絵になりました。。。といいたいところですが観念したというほうが正しいヵbleah

で、顔のほうは?ですか。そりゃもう元の吉永小百合ですよ。昨夜はぐっすり、今朝9時まで寝てましたから。good〔若干のがあります。太字にご注意smile

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そろそろ描きごろnote

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流行の波に乗る

Y新聞に私の好きな〔時の余白に〕というコラムがありY新聞編集委員芥川喜好氏が書かれています。氏は美術に造詣が深く、一応絵を描いて過す私などには興味深い内容の記事が毎回書かれています。

今日の記事は、絵画公募展には流行があって〔流行が洪水のように反乱する〕ということが書かれています。なぜ反乱するのか、一斉に同じことをするのか、は最先端の〔情報〕だからで、そうしないと古いといって相手にされないという事なのだそうです。誰かが新しい事をはじめるとたちまち同じことをする人間が続いて、別の方向を向いている者は疎まれる。氏は30年の美術取材を通して〔流れに乗じて今をときめくものに〔うそ臭さ〕を嗅ぎ取り、ひとりべつな方向を向いて、自分のなすべきことをなす外れものにむしろ〔まともさ〕をみる〕と書いています。

芸術は独創性が最も重要な世界でありながら、流行があるというのも奇妙な話ですが、私も多くの公募展を観ていて、流行のうねりのようなものを感じてきたひとりです。これは、上記の記事とは少し意味が違ってきますが、ひとつの公募展で、似たような絵を数点見かけることがあります。公募展に応募するのは絵が好きな人なら誰でも応募は出来るのです。美術学校、ないし美術研究所を出ない人も大勢居て、それぞれ独自の勉強する一環として、先駆者の作品を〔研究〕する方法があります。つまり真似るんですね。こっそり自分のスタイルに取り入れる手段というにはレベルの問題もあって、もろにあからさまに〔真似る〕ということになるのです。それも徐々に自分のスタイルにはいる一過性のものならあながち悪い事ではないと思うのですが。。。

会員を厳正している絵画団体もあるにはあるのですが、大きな団体は現実問題として、会員が居なければ経済の面で成り立ちませんので、これは考えると難しい、かなり割り切れない、悩ましい問題になると思いのです。

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蟻とキリギリスどちらのタイプ?

イソップ物語、〔蟻とキリギリス〕は誰でもしっていますが、イギリスの小説、劇作家のサマセット・モームの短編に〔アリとキリギリス〕という全く同じ題名があるのをご存知でしょうか。

実は私も、南木佳士の〔阿弥陀堂だより〕という小説の中からみつけて、検索で探したばかり。。。

モームの〔アリとキリギリス〕は、イソップの〔働かざるもの喰うべからず〕の教訓とは真反対という、自身のあまり幸せとはいえない生い立ちのせいか、ひねくれた要素を含んだ作品のようです。勤勉な兄と遊び暮しては時々兄に借金を申し込む弟。兄はそれを戒めますが、その弟はお金持ちの未亡人と結婚をし裕福になってしまうということなんですね。勤勉な人にとってははなはだ面白くない物語です。

勤勉な日本人はよく〔アリタイプ〕といわれます。実際、私の親や、8人の兄弟のほとんどが生真面目で、その中で次兄と私は少しばかり異質でしたので、どちらかといえば〔キリギリスタイプ〕だったかもしれません。かといって遊んでばかりということでもなかったのですが。。。とにかく、今でこそ〔人生は楽しむもの〕という言葉に抵抗を感じる人が少なくなりましたが、〔あの人は真面目で働き者〕というのが最高の褒め言葉の時代もあったのです。

アリのようにコツコツと働くばかりで、楽しむ事がなければ人生味気ないものでは?たまにはキリギリスになって何が悪い!と冬になって寒さとひもじさで死ぬキリギリスに同情しました。そしたら、やはりそれではあんまりだというので、ウォルト・ディズニーが、イソップの原作を〔アリはキリギリスに蓄えを分け与え、代りにキリギリスの音楽や歌を聞いて楽しんだ。めでたし、めでたし〕と変えたというのです。これは〔持てるものは与える代償を求めるべき〕という全く別の教訓になってしまいます。

我が家は〔アリとキリギリス〕が同居しているようなもの。もちろん夫がアリで、何の代償もなしにろくでもない絵の具遊びに興じている私がキリギリス。。。happy02

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同じ道は困難?

新聞の死亡欄で向井良吉さんが亡くなれてたのを知りました。彫刻家として国内外で活躍した素晴しい芸術家です。武蔵野美術学校、名誉教授でもありました。実兄は洋画家で、日本の原風景で広く知られる向井順吉です。

興味深いのは、偉大な向井兄弟に限らず、芸術家一家というのはそれそれ違う分野の芸術を目指す例が多いように思います。何故でしょう。父親、兄弟が偉大だった場合、それを超える困難を感じるのでしょうか。そう考えると、どの道も同じく考えられます。野球で言えば長島親子や野村親子。。。

私の付属する団体の彫刻部に、寺内万次郎のご長男がおりましたが、私と支部が同じで、事務長をされていた関係で私は昔、彼の家に手伝いをしに行ったことがありましたが、万次郎の作品はひどく無造作に押入れにあって、少しは見せてくれましたが、父親の話はほとんどしませんでした。父子で彫刻という同じ分野で活躍しても、船越保武とご子息の桂氏の場合のように全く違う芸術で比較できないという場合もあります。

知り合いの画家達のおおかたも子供達は父親と同じ画家という職業はあまり居ません。しかし、やはり、クリエーティブな職業に就く例が多く、漫画家になって、有名雑誌のレギュラーになり、一時的でしたが画家の父親より有名人になった人や、メークアーチストになった息子さんも居ます。

世襲制の歌舞伎の世界などは、そう考えると逃れられない運命にありますね。父を越える難しさというより、歌舞伎の場合個性が大事になるでしょうか。

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三浦哲郎の死

先日、我が郷里の芥川賞受賞作家、三浦哲郎が亡くなりました。作家の本は同郷の、しかも私の長兄と同級だったということを除いても、その過不足のない叙情と文体の清冽さに魅力を感じていた作家です。また私にとってなにより嬉しいのは、郷里の事が多く書かれていること。。。作品に登場する状景は、〔あの場所に違いない〕と思いながら読むのはいっそう楽しいし、懐かしい東北南部言葉がふんだんに使われているのも嬉しい事です。作品の中の南部言葉は若い頃私が恥ずかしく思っていた東北弁とたしかに同じ言葉なのに、何かゆったりと品さえ感じられるのは作家の文章力と郷里に対する思いなのでしょう。

〔でんせつ〕という短編に〔赤手コの話〕を見つけたときには思わず〔あった、あった、そういう怖い話〕と思ったものです。〔赤手コ〕の〔コ〕とは、東北地方で言葉の後につける慣わしです。トイレの中から赤い手が出てきて、お節介にも子供のトイレでの後始末を手伝うという、当時の子供だったら誰でも聞かされる話でした。何もない時代に親子のコミニュケーションとして東北にはこのような伝説が多く語られていたのです。

三浦哲郎の他界はなにか身近な人のことのようで、その無念さもひとしおです。

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蚊帳の外

2日前、我がデッサン会の仲間Aさんが、折り入って話しがあると我が家に見えました。何事と構えると、仲間の数人で作品展をやりたいという話が持ち上がっているというのです。このデッサン会を仲間で立ち上げたのは16年前、当時の仲間はだいぶ減って現在は新しい人が入れ代わっているのですが、その中の数名が作品展を望んでいて、中でも男性のKさんが積極的。彼はあちこちの作品展に参加しているし、他の人も絵画などのグループ展をそれぞれの仲間でしているのですから、このデッサン会で何も発表会などする事もないとおもうのですが。。。そもそも16年前このデッサン会をはじめる時に〔ここではただ勉強するだけ〕ということではじめたのです。

私は一応Aさんから話を伺い〔私の気持ちは積極的な賛成はしたくありません。でもやりたい人が多ければ作品展をしないわけにはいかないでしょう〕といいました。何故賛成しかねるかというと、絵をはじめて2.3年の人や3ヶ月前に会員になったメンバーもいるのです。はっきりいって人様にお見せするデッサン力のある人などほとんどいません。Kさんはただのお祭り好き。。。それでも私は絵画教室の指導者などとは立場が違うのですから、やりたいという人が何人かいれば止めるわけには行かないのです。下手なデッサンの作品展など恥をかくばかりか、観にいらっしゃる人様の大事な時間を無駄にするのです・・・。何でもかんでも発表会をやって楽しむほうがよいのか、私の考え方が旧いのか自分ではちょっとわかりません。。。

しかし、そんな話が持ち上がっているとは露ほども知りませんでした。

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暮れる浅間山

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数年のもやもや解消

カルピスのコマーシャルで、長沢まさみ扮する幼稚園の先生に、可愛らしい園児が〔センセ、カルピス、つくって。。。〕とお願いしているシーンがあります。先生は大わらわでカルピス作りを、工場からの行程ではじめるという設定。。。

そのあとで再び女の子がなにやらいうのですが、私にはそれがどうしてもよく聞こえない。。。あのコマーシャルはけっこう長くやっていますよね。私はあのコマーシャルがはじまるとやっきとなって聞き取ろうとするのですが、どうしても駄目でした。

そのことをツイッターでつぶやいたのですが、このブログを立ち上げた当初からのお友達伊藤様がそのつぶやきを目にしてわざわざコマーシャルの映像を添付してくださいました。そこには女の子が〔そこからではなくって・・・〕という文字が書いてあります。〔そーだったのか!〕女の子は、なにもそんなにはじめからでなくても・・・といっているのですね。。。長い事判らなかった事がやっとわかり胸のもやもやが解消。〔くだらない!〕というなかれ。ことはなんであれ、毎回〔はてな?〕とおもうものをかかえているのは身体によくありません。typhoon

夫も私も高齢、耳もそれなりです。最近とみにそういうことが多くなりましたね。電話で事務的な応対の若い女性の早口がよく聞き取れなかったりします。

不思議なもので、そうだったのかとわかるとちゃんと〔そこからではなくって・・・〕と聞こえるのです。

同年代の方、そういうことってありません?

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ベルサイユ宮殿の騒動

自国というより、海外での評価が高い現代美術家村上隆がいまフランスで物議を醸しているもよう。。。

アニメなどをモチーフにしたポップアーチスト村上隆は現在、フランスのヴェルサイユ宮殿で作品展を開催中のようですが、これが激しい抗議の的になっているそうです。このことで今まで村上隆という美術作家を知らなかった方々まで氏を知ることとなり、いままさに世界で最も有名なアーチストになりました。 国内ではさておき、海外のどの美術館で作品展を行なおうが、じゅうぶんの客を呼べるし、高額で作品が売れる作家です。とすれば、ベルサイユ宮殿での展覧会は話題づくり?これに対する抗議騒ぎは思う壺でしょう。

いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの画家も最初から順風満帆ということではなかったようです。20年ほど前まで安井賞という、画家の登竜門となる展覧会があったのですが、私はそこで村上隆の作品にお目にかかっています。入選はするものの批評家達にピックアップされる事も無かったように思います。当時からモチーフはアニメで、グラデーションの美しさではかなり目立っていたのを記憶しています。。。ビッグなアーチストがよりビッグになるにはやっぱりベルサイユ宮殿でしょう。。。?happy01 しかし、宮殿の管理者側が乗り気でなければ成立しないな話ですよね。。。

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村上隆  そして、そして、そして、そして、そして〔題名です。念のため。。。〕

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