出来事

素敵な陶芸家ご夫妻

昨日の続きデス。

浅間山の雲がなかなか消えないので、森泉周辺を散策しながら浅間のご機嫌が直るの待つことにしました。細い道路を道なりに進むと中景がいろいろ変化しどこも絵になりそう、と車を走らせているうち  いつのまにやら浅間を覆っていた雲がなくなっています。大急ぎで描こうとしてあれ、此処は民家の敷地内?それなら一言断らなければならない。 

近くに家が一軒あったのでそこのお宅の敷地だろうとおもい、〔こんにちは〕と声をかけると背の高い中年の男性が姿をみせました。場所をお借りしたい理由を話すと、この家の主人らしい男性は〔こちらいらっしゃいませんか〕と家の裏に案内。ついていくと・・・思わず〔わぁ~!〕と声を上げてしまった見事な秋色の風景が目の前に展開。。。このお宅の裏庭の一部と化した浅間山の全景です。御主人は私と夫の為に背もたれのあるゆったりとした椅子を持ってきて下さって〔ゆっくりお描きください〕と。。。

スケッチし終わり、お礼を言いに声をかけると、〔どうぞお入りになって。お茶をあがって行って下さい。〕と今度は中から女性の声も。奥様のようです。〔え、いくらなんでも、初めてのお宅に・・・〕とご遠慮申し上げると〔遠慮する様なところでもありませんから〕と。。。

実はお庭を通るときのさりげなくある置き物などの感じからこのお宅は普通の農家などではないと感じていました。御遠慮申し上げるより好奇心のほうが勝り、ずうずうしくも我が老夫婦、偶然迷い込んでしまったお宅に上がり込んでお茶を頂くことになってしまいました。 

Iさんという60年代のこのご夫婦は陶芸家で、この山中に工房と焼き釜がありました。初めてのお宅なのに会話が尽きず、工房も見せて頂くなどして結局2時間ほど居座ったことになりました。

我々が老人ということもあるのでしょうが、なんとおおらかな気のいいご夫妻でしょう。素敵なお二人に出会い、良い一日を過ごさせていただきました。 

不調法な長居をし、またお訪ねする約束を交わし何度も手を振りながら別れる段階でもうすでにまたお会いしたくなる懐かしい人たちに思えるご夫妻でした。

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若い頃にご主人が一人で建てられたそうです。

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ちょっとメルヘン調の造りですね。

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これからの寒さに備え薪がありました。このあたりは-15℃になるそうで、

若いうちは考えなかった寒さがこたえるようになったとか。。。

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忠治の墓

昨日、群馬県太田市で開催されたジャズフェスティバルに行った帰り、国定町を通ったので、忠治の墓がある〔養寿寺〕へ寄ってみました。私は任侠ものの本や映画 ドラマをあまり観たことがないのですが、それでも隣県である群馬県人にとって日本一の侠客であった国定忠治の名前だけは知っていました。

忠治は強きをくじき弱きを助けるという、村人にとっては有難い存在で、農民を締め上げるばかりの役人よりはるかに頼りにされていたといいます。ただ、〔国定忠治は鬼より怖い、にっこり笑って人を切る〕と戯れ唄にされるくらい滅法剣に強いやくざだったようで、役人を切ったり、縄張り争いで他所の権力者を殺したりしてとうとう追われる身となります。 

大戸の関所で打ち首になった忠治の遺体の一部を生前一緒に暮らした女性がこっそりと村へ持ち帰り、養寿寺へ埋葬したということです。

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養寿寺

忠治がこの寺で勉強もしたとされています。

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忠治の墓 

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この供養塔は後年国定町の人達で建てられたようです。

長岡忠次郎というのが忠治の本名なんですね。。。

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忠治の遺品を観たかったのですが、あいにく管理者が留守でした。

4,5日前に〔島村の渡し〕をUPしましたが、この島村一帯を治めていた〔島村の伊三郎〕を切ったのが忠治。ゆえに、島村の住民が忠治の快く思っていなかったようで、近年になってやっと互いの子孫が和解したということです。

忠治の郷を通ったことで国定忠治にちょっと詳しくなりましたhappy01

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